父母 が 頭 かき 撫で 幸 く あれ てい ひし 言葉 ぜ 忘れ かね つる。 「父母,防人」に関するQ&A

文葉連想俳節句歌

父母 が 頭 かき 撫で 幸 く あれ てい ひし 言葉 ぜ 忘れ かね つる

> 幸くあれて これは「無事でいるようにと」という意味です。 > いひし(言いし)言葉「ぜ」 「ぜ」というのは関東地方の方言で「ぞ」という意味になります。 つまり、本来は「いひし言葉『ぞ』」になります。 > 忘れかねつる 「ぜ」と「つ」は『係り結び』でつながっています。 この歌の意味は 防人として北九州の地へ出発する日に、父母が頭をなでて達者でいろやと言った言葉が忘れられない。 父母は元気でいるだろうか。 無事に帰って早く会いたい。 というようになります。 ちなみに、「防人歌」は辺境(特に北九州)の防備に3年の任期で集められた人や、残された家族のつくった歌で、東国地方(静岡県より東)の人が書いた歌が多く、家族に対する強い愛情を歌っているそうです。 約100首あります。

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万葉集 防人歌父母が頭かき撫で幸くあれていひし言葉ぜ忘れかねつるの和歌に...

父母 が 頭 かき 撫で 幸 く あれ てい ひし 言葉 ぜ 忘れ かね つる

> 幸くあれて これは「無事でいるようにと」という意味です。 > いひし(言いし)言葉「ぜ」 「ぜ」というのは関東地方の方言で「ぞ」という意味になります。 つまり、本来は「いひし言葉『ぞ』」になります。 > 忘れかねつる 「ぜ」と「つ」は『係り結び』でつながっています。 この歌の意味は 防人として北九州の地へ出発する日に、父母が頭をなでて達者でいろやと言った言葉が忘れられない。 父母は元気でいるだろうか。 無事に帰って早く会いたい。 というようになります。 ちなみに、「防人歌」は辺境(特に北九州)の防備に3年の任期で集められた人や、残された家族のつくった歌で、東国地方(静岡県より東)の人が書いた歌が多く、家族に対する強い愛情を歌っているそうです。 約100首あります。

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さくら野歌壇 万葉恋歌 第72葉 父母が

父母 が 頭 かき 撫で 幸 く あれ てい ひし 言葉 ぜ 忘れ かね つる

八月廿日は千束神社のまつりとて、 山車 ( だし )屋臺に町々の見得をはりて土手をのぼりて 廓内 ( なか )までも入込まんづ勢ひ、若者が氣組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由斷のなりがたき此あたりのなれば、そろひの 裕衣 ( ゆかた )は言はでものこと、銘々に申合せて生意氣のありたけ、聞かば膽もつぶれぬべし、横町組と自らゆるしたる亂暴の子供大將に 頭 ( かしら )の長とて歳も十六、仁和賀の金棒に親父の代理をつとめしより氣位ゑらく成りて、帶は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口に聞えぬ、心一ぱいに我がまゝを 徹 ( とほ )して身に合はぬ巾をも廣げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛嬌あれば人も憎くまぬ當の 敵 ( かたき )あり、我れは私立の學校へ通ひしを、 先方 ( さき )は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顏をしおる、 去年 ( こぞ )も一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉だぞと 平常 ( つね )の力だては空いばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はゞ我が方がつよけれど、田中屋が 柔和 ( おとなし )ぶりにごまかされて、一つは學問が出來おるを恐れ、我が横町組の太郎吉、三五郎など、内々は彼方がたに成たるも口惜し、まつりは明後日、いよ/\我が方が負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて暴れて、正太郎が面に疵一つ、我れも片眼片足なきものと思へば爲やすし、 加擔人 ( かたうど )は車屋の丑に元結よりの 文 ( ぶん )、 手遊屋 ( おもちやゝ )の彌助などあらば引けは取るまじ、おゝ夫よりは 彼 ( か )の人の事 彼 ( あ )の人の事、藤本のならば宜き智惠も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼口にうるさき蚊を拂ひて竹村しげき龍華寺の庭先から信如が部屋へのそりのそりと、信さん居るかと顏を出しぬ。 己れの爲る事は亂暴だと人がいふ、亂暴かも知れないが口惜しい事は口惜しいや、なあ聞いとくれ信さん、去年も己れが處の 末弟 ( すゑ )の奴と正太郎組の 短小野郎 ( ちびやらう )と 萬燈 ( まんどう )のたゝき合ひから始まつて、夫れといふと奴の中間がばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の萬燈を 打 ( ぶち )こわしちまつて、胴揚にしやがつて、見やがれ横町のざまをと一人がいふと、間拔に背のたかい大人のやうな面をして居る團子屋の頓馬が、 頭 ( かしら )もあるものか尻尾だ尻尾だ、豚の尻尾だなんて惡口を言つたとさ、己らあ其時千束樣へねり込んで居たもんだから、あとで聞いた時に直樣仕かへしに行かうと言つたら、 親父 ( とつ )さんに頭から小言を喰つて其時も泣寐入、一昨年はそらね、お前も知つてる通り筆屋の店へ表町の 若衆 ( わかいしゆ )が寄合て茶番か何かやつたらう、あの時己れが見に行つたら、横町は横町の趣向がありませうなんて、おつな事を言ひやがつて、正太ばかり客にしたのも胸にあるわな、いくら金が有るとつて質屋のくづれの高利貸が何たら樣だ、彼んな奴を生して置くより 擲 ( たゝ )きころす方が世間のためだ、 己 ( おい )らあ今度のまつりには如何しても亂暴に仕掛て取かへしを付けようと思ふよ、だから信さん友達がひに、夫れはお前が嫌やだといふのも知れてるけれども何卒 我 ( お )れの肩を持つて、横町組の恥をすゝぐのだから、ね、おい、本家本元の唱歌だなんて威張りおる正太郎を取ちめて呉れないか、我れが私立の寐ぼけ生徒といはれゝばお前の事も同然だから、後生だ、どうぞ、助けると思つて大萬燈を振廻しておくれ、己れは 心 ( しん )から底から口惜しくつて、今度負けたら長吉の 立端 ( たちば )は無いと無茶にくやしがつて大幅の肩をゆすりぬ。 だつて僕は弱いもの。 弱くても宜いよ。 萬燈は振廻せないよ。 振廻さなくても宜いよ。 僕が這入ると負けるが宜いかへ。 負けても宜いのさ、夫れは仕方が無いと諦めるから、お前は何も爲ないで宜いから唯横町の組だといふ名で、威張つてさへ呉れると豪氣に 人氣 ( じんき )がつくからね、己れは此樣な 無學漢 ( わからずや )だのにお前は 學 ( もの )が出來るからね、向ふの奴が漢語か何かで 冷語 ( ひやかし )でも言つたら、此方も漢語で仕かへしておくれ、あゝ好い心持ださつぱりしたお前が承知をしてくれゝば最う千人力だ、信さん有がたうと常に無い優しき言葉も出るものなり。 一人は三尺帶に突かけ草履の仕事師の息子、一人はかわ色 金巾 ( かなきん )の羽織に紫の兵子帶といふ坊樣仕立、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産聲を揚げしものと大和尚夫婦が贔屓もあり、同じ學校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元來愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなき憐れさ、先方は町内の若衆どもまで尻押をして、ひがみでは無し長吉が負けを取る事罪は田中屋がたに少なからず、見かけて頼まれし義理としても嫌やとは言ひかねて信如、夫れではお前の組に成るさ、成るといつたら嘘は無いが、成るべく喧嘩は爲ぬ方が勝だよ、いよ/\ 先方 ( さき )が賣りに出たら仕方が無い、何いざと言へば田中の正太郎位小指の先さと、我が力の無いは忘れて、信如は机の引出しから京都みやげに貰ひたる、小鍛冶の小刀を取出して見すれば、よく 利 ( き )れそうだねへと覗き込む長吉が顏、あぶなし 此物 ( これ )を振廻してなる事か。 解かば足にもとゞくべき 毛髮 ( かみ )を、根あがりに堅くつめて前髮大きく髷おもたげの、 赭熊 ( しやぐま )といふ名は恐ろしけれど、 此髷 ( これ )を此頃の 流行 ( はやり )とて 良家 ( よきしゆ )の 令孃 ( むすめご )も遊ばさるゝぞかし、色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、一つ一つに取たてゝは美人の 鑑 ( かゞみ )に遠けれど、物いふ聲の細く 清 ( すゞ )しき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々したるは快き物なり、柿色に蝶鳥を染めたる大形の裕衣きて、黒襦子と染分絞りの晝夜帶胸だかに、足にはぬり 木履 ( ぼくり )こゝらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の歸りに首筋白々と手拭さげたる立姿を、今三年の後に見たしと廓がへりの若者は申き、 大黒屋 ( だいこくや )の 美登利 ( みどり )とて 生國 ( しやうこく )は紀州、言葉のいさゝか 訛 ( なま )れるも可愛く、第一は切れ離れよき氣象を喜ばぬ人なし、子供に似合ぬ銀貨入れの重きも道理、姉なる人が全盛の 餘波 ( なごり )、延いては 遣手新造 ( やりてしんぞ )が姉への世辭にも、 美 ( み )いちやん人形をお買ひなされ、これはほんの手鞠代と、呉れるに恩を着せねば貰ふ身の有がたくも覺えず、まくはまくは、同級の女生徒二十人に揃ひのごむ鞠を與へしはおろかの事、馴染の筆やに店ざらしの手遊を買しめて、喜ばせし事もあり、さりとは日々夜々の散財此歳この身分にて叶ふべきにあらず、末は何となる身ぞ、兩親ありながら大目に見てあらき詞をかけたる事も無く、樓の主が大切がる 樣子 ( さま )も怪しきに、聞けば養女にもあらず親戚にてはもとより無く、姉なる人が身賣りの當時、 鑑定 ( めきゝ )に來たりし樓の主が誘ひにまかせ、此地に 活計 ( たつき )もとむとて親子 三人 ( みたり )が旅衣、たち出しは此譯、それより奧は何なれや、今は寮のあづかりをして母は遊女の仕立物、父は 小格子 ( こがうし )の書記に成りぬ、此身は遊藝手藝學校にも通はせられて、其ほうは心のまゝ、半日は姉の部屋、半日は町に遊んで見聞くは三味に太皷にあけ紫のなり形、はじめ藤色絞りの半襟を袷にかけて着て歩るきしに、田舍者いなか者と町内の娘どもに笑はれしを口惜しがりて、三日三夜泣きつゞけし事も有しが、今は我れより人々を嘲りて、野暮な姿と打つけの惡まれ口を、言ひ返すものも無く成りぬ。 二十日はお祭りなれば心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、趣向は何なりと 各自 ( めい/\ )に工夫して大勢の好い事が好いでは無いか、 幾金 ( いくら )でもいゝ私が出すからとて例の通り勘定なしの引受けに、子供中間の 女王 ( によわう )樣又とあるまじき惠みは大人よりも利きが早く、茶番にしよう、何處のか店を借りて往來から見えるやうにしてと一人が言へば、馬鹿を言へ、夫れよりはお 神輿 ( みこし )をこしらへてお呉れな、 蒲田屋 ( かばたや )の奧に飾つてあるやうな本當のを、重くても搆はしない、 やつちよいやつちよい譯なしだと捩ぢ鉢卷をする 男子 ( おとこ )のそばから、夫れでは私たちが詰らない、皆が騷ぐを見るばかりでは美登利さんだとて面白くはあるまい、何でもお前の好い物におしよと、女の一むれは祭りを拔きに 常盤座 ( ときはざ )をと、言いたげの口振をかし、田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、幻燈にしないか、幻燈に、己れの處にも少しは有るし、足りないのを美登利さんに買つて貰つて、筆やの店で 行 ( や )らうでは無いか、己れが映し 人 ( て )で横町の三五郎に口上を言はせよう、美登利さん夫れにしないかと言へば、あゝ夫れは面白からう、三ちやんの口上ならば誰れも笑はずには居られまい、 序 ( ついで )にあの顏がうつると猶おもしろいと相談はとゝのひて、不足の品を正太が買物役、汗に成りて飛び廻るもをかしく、いよ/\明日と成りては横町までも其沙汰聞えぬ。 待つ身につらき夜半の置炬燵、それは戀ぞかし、吹風すゞしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそゝけ髮つくろひて、我が子ながら美くしきを立ちて見、居て見、首筋が薄かつたと猶ぞいひける、單衣は水色友仙の凉しげに、白茶金らんの丸帶少し幅の狹いを結ばせて、庭石に下駄直すまで時は移りぬ。 まだかまだかと塀の廻りを七度び廻り、 欠伸 ( あくび )の數も盡きて、拂ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわ したゝか 螫 ( さゝ )れ、三五郎弱りきる時、美登利立出でゝいざと言ふに、此方は言葉もなく袖を捉へて驅け出せば、息がはづむ、胸が痛い、そんなに急ぐならば此方は知らぬ、お前一人でお出と怒られて、別れ別れの到着、筆やの店へ來し時は正太が夕飯の 最中 ( もなか )とおぼえし。 あゝ面白くない、おもしろくない、彼の人が來なければ幻燈をはじめるのも嫌、伯母さん此處の家に智惠の板は賣りませぬか、十六武藏でも何でもよい、手が暇で困ると美登利の淋しがれば、夫れよと即坐に鋏を借りて女子づれは切拔きにかゝる、男は三五郎を中に 仁和賀 ( にわか )のさらひ、北廓全盛見わたせば、軒は提燈電氣燈、いつも賑ふ五丁町、と諸聲をかしくはやし立つるに、 記憶 ( おぼえ )のよければ去年一昨年とさかのぼりて、手振手拍子ひとつも變る事なし、うかれ立たる十人あまりの騷ぎなれば何事と門に立ちて人垣をつくりし中より。 三五郎は居るか、一寸來くれ大急ぎだと、文次といふ元結よりの呼ぶに、何の用意もなくおいしよ、よし來たと身がるに敷居を飛こゆる時、此二タ股野郎覺悟をしろ、横町の面よごしめ唯は置かぬ、誰れだと思ふ長吉だ生ふざけた眞似をして後悔するなと頬骨一撃、あつと魂消て逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたゝき殺せ、正太を引出してやつて仕舞へ、弱虫にげるな、團子屋の頓馬も唯は置ぬと潮のやうに沸かへる騷ぎ、筆屋が軒の掛提燈は苦もなくたゝき落されて、釣りらんぷ危なし店先の喧嘩なりませぬと女房が喚きも聞かばこそ、人數は大凡十四五人、ねぢ鉢卷に大萬燈ふりたてゝ、當るがまゝの亂暴狼藉、土足に踏み込む傍若無人、目ざす敵の正太が見えねば、何處へ隱くした、何處へ逃げた、さあ言はぬか、言はぬか、言はさずに置く物かと三五郎を取こめて撃つやら蹴るやら、美登利くやしく止める人を掻きのけて、これお前がたは三ちやんに何の咎がある、正太さんと喧嘩がしたくば正太さんとしたが宜い、逃げもせねば隱くしもしない、正太さんは居ぬでは無いか、此處は私が遊び處、お前がたに指でもさゝしはせぬ、ゑゝ憎くらしい長吉め、三ちやんを何故ぶつ、あれ又引たほした、意趣があらば私をお撃ち、相手には私がなる、伯母さん止めずに下されと身もだへして罵れば、何を 女郎 ( ぢよらう )め頬桁たゝく、姉の跡つぎの乞食め、手前の相手にはこれが相應だと 多人數 ( おほく )のうしろより長吉、泥 草鞋 ( ざうり ) [#「 草鞋 ( ざうり )」はママ]つかんで投つければ、ねらひ違はず美登利が額際にむさき物したゝか、血相かへて立あがるを、怪我でもしてはと抱きとむる女房、ざまを見ろ、此方には龍華寺の藤本がついて居るぞ、仕かへしには何時でも來い、薄馬鹿野郎め、弱虫め、腰ぬけの 活地 ( いくぢ )なしめ、歸りには待伏せする、横町の闇に氣をつけろと三五郎を土間に投出せば、折から靴音たれやらが交番への注進今ぞしる、それと長吉聲をかくれば丑松文次その余の十餘人、方角をかへてばら/\と逃足はやく、拔け裏の露路にかゞむも有るベし、口惜しいくやしい口惜しい口惜しい、長吉め文次め丑松め、なぜ己れを殺さぬ、殺さぬか、己れも三五郎だ唯死ぬものか、 幽異 ( いうれい )になつても取殺すぞ、覺えて居ろ長吉めと湯玉のやうな涙はら/\、はては大聲にわつと泣き出す、身内や痛からん筒袖の處々引さかれて背中も腰も砂まぶれ、止めるにも止めかねて勢ひの悽まじさに唯おど/\と氣を呑まれし、筆やの女房走り寄りて抱きおこし、背中をなで砂を拂ひ、堪忍をし、堪忍をし、何と思つても先方は大勢、此方は皆よわい者ばかり、大人でさへ手が出しかねたに叶はぬは知れて居る、夫れでも怪我のないは仕合、此上は途中の待ぶせが危ない、幸ひの 巡査 ( おまはり )さまに家まで見て頂かば我々も安心、此通りの子細で御座ります故と筋をあら/\折からの巡査に語れば、職掌がらいざ送らんと手を取らるゝに、いゑ/\送つて下さらずとも歸ります、一人で歸りますと小さく成るに、こりや怕い事は無い、其方の家まで送る分の事、心配するなと微笑を含んで 頭 ( つむり )を撫でらるゝに彌々ちゞみて、喧嘩をしたと言ふと 親父 ( とつ )さんに叱かられます、 頭 ( かしら )の家は大屋さんで御座りますからとて 凋 ( しを )れるをすかして、さらば門口まで送つて遣る、叱からるゝやうの事は爲ぬわとて連れらるゝに 四隣 ( あたり )の人胸を撫でゝはるかに見送れば、何とかしけん横町の角にて巡査の手をば振はなして一目散に逃げぬ。 めづらしい事、此炎天に雪が降りはせぬか、美登利が學校を嫌やがるはよく/\の不機嫌、朝飯がすゝまずば 後刻 ( のちかた )に 鮨 ( やすけ )でも誂へようか、風邪にしては熱も無ければ大方きのふの疲れと見える、太郎樣への朝參りは母さんが代理してやれば御免こふむれとありしに、いゑ/\姉さんの繁昌するやうにと私が願をかけたのなれば、參らねば氣が濟まぬ、お賽錢下され行つて來ますと家を驅け出して、中田圃の稻荷に 鰐口 ( わにぐち )ならして手を合せ、願ひは何ぞ行きも歸りも首うなだれて畔道づたひ歸り來る美登利が姿、それと見て遠くより聲をかけ、正太はかけ寄りて袂を押へ、美登利さん昨夕は御免よと 突然 ( だしぬけ )にあやまれば、何もお前に 謝罪 ( わび )られる事は無い。 夫れでも己れが憎くまれて、己れが喧嘩の相手だもの、お祖母さんが呼びにさへ來なければ歸りはしない、そんなに無暗に三五郎をも撃たしはしなかつた物を、今朝三五郎の處へ見に行つたら、彼奴も泣いて口惜しがつた、己れは聞いてさへ口惜しい、お前の顏へ長吉め草履を投げたと言ふでは無いか、彼の野郎乱暴にもほどがある、だけれど美登利さん堪忍してお呉れよ、己れは知りながら逃げて居たのでは無い、飯を掻込んで表へ出やうとするとお祖母さんが湯に行くといふ、留守居をして居るうちの騷ぎだらう、本當に知らなかつたのだからねと、我が罪のやうに平あやまりに謝罪て、痛みはせぬかと額際を見あげれば、美登利につこり笑ひて何 負傷 ( けが )をするほどでは無い、夫れだが正さん誰れが聞いても私が長吉に草履を投げられたと言つてはいけないよ、もし 萬一 ( ひよつと )お母さんが聞きでもすると私が叱かられるから、親でさへ頭に手はあげぬものを、長吉づれが草履の泥を額にぬられては踏まれたも同じだからとて、背ける顏のいとをしく、本當に堪忍しておくれ、みんな己れが惡るい、だから謝る、機嫌を直して呉れないか、お前に怒られると己れが困るものをと話しつれて、いつしか我家の裏近く來れば、寄らないか美登利さん、誰れも居はしない、祖母さんも日がけを集めに出たらうし、己ればかりで淋しくてならない、いつか話した錦繪を見せるからお寄りな、 種々 ( いろ/\ )のがあるからと袖を 捉 ( と )らへて離れぬに、美登利は無言にうなづいて、 佗 ( わ )びた折戸の庭口より入れば、廣からねども、鉢ものをかしく並びて、軒につり 忍艸 ( しのぶ )、これは正太が 午 ( うま )の日の買物と見えぬ、 理由 ( わけ )しらぬ人は小首やかたぶけん町内一の 財産家 ( ものもち )といふに、家内は祖母と 此子 ( これ )二人、 萬 ( よろづ )の鍵に下腹冷えて留守は見渡しの總長屋、流石に錠前くだくもあらざりき、正太は先へあがりて風入りのよき 場處 ( ところ )を見たてゝ、此處へ來ぬかと團扇の氣あつかひ、十三の子供にはませ過ぎてをかし。 古くより持つたへし錦繪かず/\取出し、褒めらるゝを嬉しく美登利さん昔しの羽子板を見せよう、これは己れの母さんがお邸に奉公して居る頃いたゞいたのだとさ、をかしいでは無いか此大きい事、人の顏も今のとは違ふね、あゝ此母さんが生きて居ると宜いが、己れが三つの歳死んで、お父さんは在るけれど田舍の實家へ歸つて仕舞たから今は祖母さんばかりさ、お前は浦山しいねと 無端 ( そゞろ )に親の事を言ひ出せば、それ繪がぬれる、男が泣く物では無いと美登利に言はれて、己れは氣が弱いのかしら、時々種々の事を思ひ出すよ、まだ今時分は宜いけれど、冬の月夜なにかに田町あたりを集めに廻ると土手まで來て幾度も泣いた事がある、何さむい位で泣きはしない、何故だか自分も知らぬが種々の事を考へるよ、あゝ一昨年から己れも日がけの集めに廻るさ、祖母さんは年寄りだから其うちにも夜るは危ないし、目が惡るいから 印形 ( いんぎやう )を押たり何かに不自由だからね、今まで 幾人 ( いくたり )も男を使つたけれど、老人に子供だから馬鹿にして思ふやうには動いて呉れぬと祖母さんが言つて居たつけ、己れが最う少し大人に成ると質屋を出さして、昔しの通りでなくとも田中屋の看板をかけると樂しみにして居るよ、他處の人は祖母さんを吝だと言ふけれど、己れの爲に 儉約 ( つましく )して呉れるのだから氣の毒でならない、 集金 ( あつめ )に行くうちでも通新町や何かに隨分可愛想なのが有るから、嘸お祖母さんを惡るくいふだらう、夫れを考へると己れは涙がこぼれる、矢張り氣が弱いのだね、今朝も三公の家へ取りに行つたら、奴め身體が痛い癖に親父に知らすまいとして働いて居た、夫れを見たら己れは口が利けなかつた、男が泣くてへのは可笑しいでは無いか、だから横町の 野蕃漢 ( じやがたら )に馬鹿にされるのだと言ひかけて我が弱いを恥かしさうな顏色、何心なく美登利と見合す目つきの可愛さ。 お前の祭の 姿 ( なり )は大層よく似合つて浦山しかつた、私も男だと彼んな風がして見たい、誰れのよりも宜く見えたと賞められて、何だ己れなんぞ、お前こそ美くしいや、 廓内 ( なか )の 大卷 ( おほまき )さんよりも奇麗だと皆がいふよ、お前が姉であつたら己れは 何樣 ( どんな )に肩身が廣かろう、何處へゆくにも 追從 ( つい )て行つて大威張りに威張るがな、一人も兄弟が無いから仕方が無い、ねへ美登利さん今度一處に寫眞を取らないか、我れは祭りの時の 姿 ( なり )で、お前は 透綾 ( すきや )のあら縞で意氣な 形 ( なり )をして、水道尻の加藤でうつさう、龍華寺の奴が浦山しがるやうに、本當だぜ彼奴は岐度怒るよ、眞青に成つて怒るよ、にゑ 肝 ( かん )だからね、赤くはならない、夫れとも笑ふかしら、笑はれても構はない、大きく取つて看板に出たら宜いな、お前は嫌やかへ、嫌やのやうな顏だものと恨めるもをかしく、變な顏にうつるとお前に 嫌 ( き )らはれるからとて美登利ふき出して、高笑ひの美音に御機嫌や直りし。 朝冷 ( あさすゞ )はいつしか過ぎて日かげの暑くなるに、正太さん又晩によ、私の寮へも遊びにお出でな、燈籠ながして、お魚追ひましよ、池の橋が直つたれば怕い事は無いと言ひ捨てに立出る美登利の姿、正太うれしげに見送つて美くしと思ひぬ。 龍華寺の信如、大黒屋の美登利、二人ながら學校は育英舍なり、去りし四月の末つかた、櫻は散りて青葉のかげに藤の花見といふ頃、春季の大運動會とて水の 谷 ( や )の原にせし事ありしが、つな引、鞠なげ、繩とびの遊びに興をそへて長き日の暮るゝを忘れし、其折の事とや、信如いかにしたるか平常の 沈着 ( おちつき )に似ず、池のほとりの松が根につまづきて赤土道に手をつきたれば、羽織の袂も泥に成りて見にくかりしを、居あはせたる美登利みかねて我が紅の絹はんけちを取出し、これにてお拭きなされと介抱をなしけるに、友達の中なる 嫉妬 ( やきもち )や見つけて、藤本は坊主のくせに女と話をして、嬉しさうに禮を言つたは可笑しいでは無いか、大方美登利さんは藤本の 女房 ( かみさん )になるのであらう、お寺の女房なら大黒さまと言ふのだなどゝ取沙汰しける、信如元來かゝる事を人の上に聞くも嫌ひにて、苦き顏して横を向く質なれば、我が事として我慢のなるべきや、夫れよりは美登利といふ名を聞くごとに恐ろしく、又あの事を言ひ出すかと胸の中もやくやして、何とも言はれぬ厭やな氣持なり、さりながら事ごとに怒りつける譯にもゆかねば、成るだけは知らぬ躰をして、平氣をつくりて、むづかしき顏をして遣り過ぎる心なれど、さし向ひて物などを問はれたる時の當惑さ、大方は知りませぬの一ト言にて濟ませど、苦しき汗の身うちに流れて心ぼそき思ひなり、美登利はさる事も心にとまらねば、 最初 ( はじめ )は藤本さん藤本さんと親しく物いひかけ、學校退けての歸りがけに、我れは一足はやくて道端に珍らしき花などを見つくれば、おくれし信如を待合して、これ 此樣 ( こんな )うつくしい花が咲てあるに、枝が高くて私には折れぬ、信さんは背が高ければお手が屆きましよ、後生折つて下されと一むれの中にては 年長 ( としかさ )なるを見かけて頼めば、流石に信如袖ふり切りて行すぎる事もならず、さりとて人の思はくいよ/\ 愁 ( つ )らければ、手近の枝を引寄せて 好惡 ( よしあし )かまはず申譯ばかりに折りて、投つけるやうにすたすたと行過ぎるを、さりとは愛敬の無き人と 惘 ( あき )れし事も有しが、度かさなりての末には自ら 故意 ( わざと )の意地惡のやうに思はれて、人には左もなきに我れにばかり愁らき 處爲 ( しうち )をみせ、物を問へば碌な返事した事なく、傍へゆけば逃げる、はなしを爲れば怒る、陰氣らしい氣のつまる、どうして好いやら機嫌の取りやうも無い、彼のやうな六づかしやは思ひのまゝに捻れて怒つて意地わるが爲たいならんに、友達と思はずば口を利くも入らぬ事と美登利少し疳にさはりて、用の無ければ摺れ違ふても物いふた事なく、途中に逢ひたりとて挨拶など思ひもかけず、唯いつとなく二人の中に大川一つ横たはりて、舟も筏も此處には御法度、岸に添ふておもひおもひの道をあるきぬ。 祭りは昨日に過ぎて其あくる日より美登利の學校へ通ふ事ふつと跡たえしは、問ふまでも無く額の泥の洗ふても消えがたき恥辱を、身にしみて口惜しければぞかし、表町とて横町とて同じ教場におし並べば朋輩に變りは無き筈を、をかしき分け隔てに常日頃意地を持ち、我れは女の、とても敵ひがたき弱味をば付目にして、まつりの夜の 處爲 ( しうち )はいかなる卑怯ぞや、長吉のわからずやは誰れも知る亂暴の上なしなれど、信如の尻おし無くば彼れほどに思ひ切りて表町をば 暴 ( あら )し得じ、人前をば 物識 ( ものしり )らしく 温順 ( すなほ )につくりて、陰に廻りて 機關 ( からくり )の糸を引しは藤本の仕業に極まりぬ、よし級は上にせよ、 學 ( もの )は出來るにせよ、龍華寺さまの若旦那にせよ、大黒屋の美登利紙一枚のお世話にも預からぬ物を、あのやうに乞食呼はりして貰ふ恩は無し、龍華寺は 何 ( どれ )ほど立派な檀家ありと知らねど、我が姉さま三年の馴染に銀行の川樣、兜町の米樣もあり、議員の 短小 ( ちい )さま根曳して奧さまにと仰せられしを、心意氣氣に入らねば姉さま嫌ひてお受けはせざりしが、彼の方とても世には名高きお人と 遣手衆 ( やりてしゆ )の言はれし、嘘ならば聞いて見よ、大黒やに大卷の居ずば彼の 樓 ( いへ )は闇とかや、さればお店の旦那とても父さん母さん我が身をも粗畧には遊ばさず、常々大切がりて床の間にお据へなされし瀬戸物の大黒樣をば、我れいつぞや坐敷の中にて羽根つくとて騷ぎし時、同じく並びし 花瓶 ( はないけ )を仆し、散々に 破損 ( けが )をさせしに、旦那次の間に御酒めし上りながら、美登利お轉婆が過ぎるのと言はれしばかり小言は無かりき、他の人ならば一通りの怒りでは有るまじと、女子衆達にあと/\まで羨まれしも必竟は姉さまの威光ぞかし、我れ寮住居に人の留守居はしたりとも姉は大黒屋の大卷、長吉風情に 負 ( ひ )けを取るべき身にもあらず、龍華寺の坊さまにいぢめられんは心外と、これより學校へ通ふ事おもしろからず、我まゝの本性あなどられしが口惜しさに、石筆を折り墨をすて、 書物 ( ほん )も 十露盤 ( そろばん )も入らぬ物にして、中よき友と埓も無く遊びぬ。 走れ飛ばせの夕べに引かへて、明けの別れに夢をのせ行く車の淋しさよ、帽子まぶかに人目を厭ふ方樣もあり、手拭とつて頬かふり、 彼女 ( あれ )が別れに名殘の一 撃 ( うち )、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす氣味わるやにたにたの笑ひ顏、坂本へ出ては用心し給へ千住がへりの青物車にお足元あぶなし、三嶋樣の角までは氣違ひ街道、御顏のしまり何れも 緩 ( ゆ )るみて、はゞかりながら御鼻の下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其處らに夫れ大した 御男子樣 ( ごなんしさま )とて、分厘の 價値 ( ねうち )も無しと、辻に立ちて御慮外を申もありけり。 楊家 ( やうか )の娘君寵をうけてと 長恨歌 ( ちやうごんか )を引出すまでもなく、娘の子は何處にも貴重がらるゝ頃なれど、此あたりの裏屋より 赫奕姫 ( かくやひめ )の生るゝ事その例多し、築地の 某屋 ( それや )に今は根を移して御前さま方の御相手、踊りに妙を得し雪といふ美形、唯今のお座敷にてお米のなります木はと至極あどけなき事は申とも、もとは此所の 卷帶黨 ( まきおびづれ )にて花がるたの内職せしものなり、評判は其頃に高く去るもの日々に疎ければ、名物一つかげを消して二度目の花は紺屋の乙娘、今千束町に新つた屋の御神燈ほのめかして、小吉と呼ばるゝ公園の 尤物 ( まれもの )も根生ひは同じ此處の土成し、あけくれの噂にも御出世といふは女に限りて、男は塵塚さがす 黒斑 ( くろぶち )の尾の、ありて用なき物とも見ゆべし、此界隈に若い衆と呼ばるゝ町並の息子、生意氣ざかりの十七八より五人組、七人組、腰に尺八の伊達はなけれど、何とやら嚴めしき名の親分が 手下 ( てか )につきて、揃ひの手ぬぐひ長提燈、賽ころ振る事おぼえぬうちは 素見 ( ひやかし )の格子先に思ひ切つての串戲も言ひがたしとや、眞面目につとむる我が家業は晝のうちばかり、一風呂浴びて日の暮れゆけば突かけ下駄に七五三の着物、何屋の店の 新妓 ( しんこ )を見たか、金杉の糸屋が娘に似て最う一倍鼻がひくいと、 頭腦 ( あたま )の中を此樣な事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草の無理どり鼻紙の無心、打ちつ打たれつ是れを一世の譽と心得れば、堅氣の家の相續息子地廻りと改名して、大門際に喧嘩かひと出るもありけり、見よや 女子 ( をんな )の 勢力 ( いきほひ )と言はぬばかり、春秋しらぬ五丁町の賑ひ、送りの 提燈 ( かんばん )いま流行らねど、茶屋が 廻女 ( まはし )の雪駄のおとに響き通へる歌舞音曲、うかれうかれて入込む人の何を目當と言問はゞ、赤ゑり 赭熊 ( しやぐま )に 裲襠 ( うちかけ )の裾ながく、につと笑ふ口元目もと、何處が 美 ( よ )いとも申がたけれど 華魁衆 ( おいらんしゆ )とて此處にての敬ひ、立はなれては知るによしなし、かゝる中にて朝夕を過ごせば、 衣 ( きぬ )の白地の紅に染む事無理ならず、美登利の眼の中に男といふ者さつても怕からず恐ろしからず、女郎といふ者さのみ賤しき勤めとも思はねば、過ぎし故郷を出立の當時ないて姉をば送りしこと夢のやうに思はれて、今日此頃の全盛に父母への孝養うらやましく、お職を徹す姉が身の、憂いの 愁 ( つ )らいの數も知らねば、まち人戀ふる鼠なき格子の咒文、別れの背中に手加減の 祕密 ( おく )まで、唯おもしろく聞なされて、廓ことばを町にいふまで去りとは恥かしからず思へるも哀なり、年はやう/\數への十四、人形抱いて頬ずりする心は御華族の御姫樣とて變りなけれど、修身の講義、家政學のいくたても學びしは學校にてばかり、誠あけくれ耳に入りしは好いた好かぬの客の 風説 ( うはさ )、仕着せ積み夜具茶屋への行わたり、派手は美事に、かなはぬは見すぼらしく、人事我事分別をいふはまだ早し、幼な心に目の前の花のみはしるく、持まへの負けじ氣性は勝手に馳せ廻りて雲のやうな形をこしらへぬ、氣違ひ街道、寐ぼれ道、朝がへりの殿がた一順すみて朝寐の町も門の 箒目 ( はゝきめ ) 青海波 ( せいがいは )をゑがき、打水よきほどに濟みし表町の通りを見渡せば、來るは來るは、萬年町山伏町、新谷町あたりを 塒 ( ねぐら )にして、一能一術これも藝人の名はのがれぬ、よか/\飴や輕業師、人形つかひ大神樂、住吉をどりに角兵衞獅子、おもひおもひの 扮粧 ( いでたち )して、 縮緬透綾 ( ちりめんすきや )の伊達もあれば、薩摩がすりの洗ひ着に黒襦子の幅狹帶、よき女もあり男もあり、五人七人十人一組の大たむろもあれば、一人淋しき 痩 ( や )せ 老爺 ( おやぢ )の破れ三味線かゝへて行くもあり、六つ五つなる女の子に赤襷させて、あれは紀の國おどらするも見ゆ、お 顧客 ( とくい )は廓内に居つゞけ客のなぐさみ、女郎の憂さ晴らし、彼處に入る身の生涯やめられぬ得分ありと知られて、來るも來るも此處らの町に細かしき貰ひを心に止めず、裾に 海草 ( みるめ )のいかゞはしき乞食さへ門には立たず行過るぞかし、 容顏 ( きりやう )よき女太夫の笠にかくれぬ床しの頬を見せながら、喉自慢、腕自慢、あれ彼の聲を此町には聞かせぬが憎くしと筆やの女房舌うちして言へば、店先に腰をかけて往來を眺めし湯がへりの美登利、はらりと下る前髮の毛を 黄楊 ( つげ )の 櫛 ( びんぐし )にちやつと掻きあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで來ませうとて、はたはた驅けよつて袂にすがり、投げ入れし一品を誰れにも笑つて告げざりしが好みの明烏さらりと唄はせて、又御贔負をの嬌音これたやすくは買ひがたし、彼れが子供の処業かと寄集りし人舌を卷いて太夫よりは美登利の顏を眺めぬ、伊達には通るほどの藝人を此處にせき止めて、三味の音、笛の音、太皷の音、うたはせて舞はせて人の爲ぬ事して見たいと折ふし正太に ( ささや )いて聞かせれば、驚いて呆れて己らは嫌やだな。 如是我聞 ( によぜがもん )、 佛説阿彌陀經 ( ぶつせつあみだきやう )、聲は松風に 和 ( くわ )して心のちりも吹拂はるべき御寺樣の 庫裏 ( くり )より生魚あぶる烟なびきて、 卵塔場 ( らんたふば )に 嬰兒 ( やゝ )の 襁褓 ( むつき )ほしたるなど、お宗旨によりて構ひなき事なれども、法師を木のはしと心得たる目よりは、そゞろに 腥 ( なまぐさ )く覺ゆるぞかし、龍華寺の大和尚身代と共に肥へ太りたる腹なり如何にも美事に、色つやの好きこと如何なる賞め言葉を參らせたらばよかるべき、櫻色にもあらず、緋桃の花でもなし、剃りたてたる頭より顏より首筋にいたるまで 銅色 ( あかゞねいろ )の照りに一點のにごりも無く、白髮もまじる太き眉をあげて心まかせの大笑ひなさるゝ時は、本堂の如來さま驚きて臺座より 轉 ( まろ )び落給はんかと危ぶまるゝやうなり、御新造はいまだ四十の上を幾らも越さで、色白に髮の毛薄く、丸髷も小さく結ひて見ぐるしからぬまでの人がら、參詣人へも愛想よく門前の花屋が口惡る 嬶 ( かゝ )も兎角の蔭口を言はぬを見れば、着ふるしの裕衣、總菜のお殘りなどおのづからの御恩も蒙るなるべし、もとは檀家の一人成しが早くに良人を失なひて寄る邊なき身の暫時こゝにお針やとひ同樣、口さへ濡らさせて下さらばとて洗ひ 濯 ( そゝ )ぎよりはじめてお菜ごしらへは素よりの事、墓場の掃除に男衆の手を助くるまで働けば、和尚さま經濟より割出しての御ふ憫かゝり、年は二十から違うて見ともなき事は女も心得ながら、行き處なき身なれば結句よき死場處と人目を恥ぢぬやうに成りけり、にが/\しき事なれども女の心だて惡るからねば檀家の者も左のみは咎めず、總領の花といふを 懷胎 ( まうけ )し頃、檀家の中にも世話好きの名ある坂本の油屋が隱居さま仲人といふも異な物なれど進めたてゝ表向きのものにしける、信如も此人の腹より生れて男女二人の 同胞 ( きやうだい )、一人は 如法 ( によほふ )の變屈ものにて一日部屋の中にまぢ/\と陰氣らしき 生 ( むま )れなれど、姉のお花は皮薄の二重 腮 ( あご )かわゆらしく出來たる子なれば、美人といふにはあらねども年頃といひ人の評判もよく、素人にして捨てゝ置くは惜しい物の中に加へぬ、さりとてお寺の娘に左り褄、お釋迦が三味ひく世は知らず人の聞え少しは憚かられて、田町の通りに葉茶屋の店を奇麗にしつらへ、帳場格子のうちに此 娘 ( こ )を据へて愛敬を賣らすれば、科りの目は兎に角勘定しらずの若い者など、何がなしに寄つて大方毎夜十二時を聞くまで店に客のかげ絶えたる事なし、いそがしきは、大和尚、貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の 幾日 ( いくか )は説教日の定めもあり帳面くるやら經よむやら斯くては身躰のつゞき難しと夕暮れの縁先に花むしろを敷かせ、片肌ぬぎに團扇づかひしながら大盃に泡盛をなみなみと注がせて、さかなは好物の蒲燒を表町のむさし屋へあらい處をとの誂へ、承りてゆく使ひ番は信如の役なるに、其嫌やなること骨にしみて、路を歩くにも上を見し事なく、筋向ふの筆やに子供づれの聲を聞けば我が事を誹らるゝかと情なく、そしらぬ顏に鰻屋の門を過ぎては 四邊 ( あたり )に人目の隙をうかゞひ、立戻つて駈け入る時の心地、我身限つて腥きものは食べまじと思ひぬ。 父親和尚は何處までもさばけたる人にて、少しは欲深の名にたてども人の 風説 ( うはさ )に耳をかたぶけるやうな小膽にては無く、手の暇あらば熊手の内職もして見やうといふ氣風なれば、霜月の 酉 ( とり )には論なく門前の明地に 簪 ( かんざし )の店を開き、御新造に手拭ひかぶらせて 縁喜 ( えんぎ )の宜いのをと呼ばせる趣向、はじめは恥かしき事に思ひけれど、軒ならび素人の手業にて莫大の儲けと聞くに、此雜踏の中といひ誰れも思ひ寄らぬ事なれば日暮れよりは目にも立つまじと思案して、晝間は花屋の女房に手傳はせ、夜に入りては 自身 ( みづから )をり立て呼たつるに、欲なれやいつしか恥かしさも失せて、思はず聲だかに負ましよ負ましよと跡を追ふやうに成りぬ、人波にもまれて買手も眼の眩みし折なれば、現在 後世 ( ごせ )ねがひに一昨日來たりし門前も忘れて、簪三本七十五錢と 懸直 ( かけね )すれば、五本ついたを三錢ならばと 直切 ( ねぎ )つて行く、世はぬば玉の闇の儲はこのほかにも有るべし、信如は斯かる事どもいかにも心ぐるしく、よし檀家の耳には入らずとも近邊の人々が思わく、子供中間の噂にも龍華寺では簪の店を出して、信さんが母さんの 狂氣面 ( きちがひづら )して賣つて居たなどゝ言はれもするやと恥かしく、其樣な事は止しにしたが宜う御座りませうと止めし事も有りしが、大和尚大笑ひに笑ひすてゝ、默つて居ろ、默つて居ろ、貴樣などが知らぬ事だわとて丸々相手にしては呉れず、朝念佛に夕勘定、そろばん手にしてにこ/\と遊ばさるゝ顏つきは我親ながら淺ましくて、何故その 頭 ( つむり )は丸め給ひしぞと恨めしくも成りぬ。 元來 ( もとより )一腹一對の中に育ちて他人交ぜずの穩かなる家の内なれば、さして此兒を陰氣ものに仕立あげる種は無けれども、性來をとなしき上に我が言ふ事の用ひられねば兎角に物のおもしろからず、父が仕業も母の處作も姉の 教育 ( したて )も、悉皆あやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬ物ぞと諦めればうら悲しき樣に情なく、友朋輩は變屈者の意地わると目ざせども自ら沈み居る心の底の弱き事、我が蔭口を露ばかりもいふ者ありと聞けば、立出でゝ喧嘩口論の勇氣もなく、部屋にとぢ籠つて人に面の合はされぬ臆病至極の身なりけるを、學校にての出來ぶりといひ身分がらの卑しからぬにつけても 然 ( さ )る弱虫とは知る物なく、龍華寺の藤本は生煮えの餅のやうに眞があつて氣に成る奴と憎くがるものも有りけらし。 罪のない子は横町の三五郎なり、思ふさまに擲かれて蹴られて其二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎に父親が空車を五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公は何うかしたか、ひどく弱つて居るやうだなと見知りの臺屋に咎められしほど成しが、父親はお辭義の鐵とて目上の人に頭をあげた事なく 廓内 ( なか )の旦那は言はずともの事、大屋樣地主樣いづれの御無理も御尤と受ける質なれば、長吉と喧嘩してこれこれの亂暴に逢ひましたと訴へればとて、それは何うも仕方が無い大屋さんの息子さんでは無いか、此方に理が有らうが 先方 ( さき )が惡るからうが喧嘩の相手に成るといふ事は無い、 謝罪 ( わび )て來い謝罪て來い途方も無い奴だと我子を叱りつけて、長吉がもとへあやまりに遣られる事必定なれば、三五郎は口惜しさを噛みつぶして七日十日と程をふれば、痛みの場處の 愈 ( なほ )ると共に其うらめしさも何時しか忘れて、 頭 ( かしら )の家の赤ん坊が守りをして二錢が駄賃をうれしがり、ねん/\よ、おころりよ、と背負ひあるくさま、年はと問へば生意氣ざかりの十六にも成りながら其 大躰 ( づうたい )を恥かしげにもなく、表町へものこ/\と出かけるに、何時も美登利と正太が 嬲 ( なぶ )りものに成つて、お前は性根を何處へ置いて來たとからかはれながらも遊びの中間は外れざりき。 秋雨しと/\と降るかと思へばさつと音して運びくる樣なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻は宵のほどより表の戸をたてゝ、中に集まりしは例の美登利に正太郎、その外には小さき子供の二三人寄りて 細螺 ( きしやご )はじきの幼なげな事して遊ぶほどに、美登利ふと耳を立てゝ、あれ誰れか買物に來たのでは無いか溝板を踏む足音がするといへば、おや左樣か、己いらは少つとも聞なかつたと正太もちう/\たこかいの手を止めて、誰れか中間が來たのでは無いかと嬉しがるに、門なる人は此店の前まで來たりける足音の聞えしばかり夫れよりはふつと絶えて、音も沙汰もなし。 正太は潜りを明けて、 ばあと言ひながら顏を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつ/\と行く後影、誰れ誰れだ、おいお這入よと聲をかけて、美登利が足駄を突かけばきに、降る雨を厭はず驅け出さんとせしが、あゝ彼奴だと一ト言、振かへつて、美登利さん呼んだつても來はしないよ、一件だもの、と自分の 頭 ( つむり )を丸めて見せぬ。 信さんかへ、と受けて、嫌やな坊主つたら無い、屹度筆か何か買ひに來たのだけれど、私たちが居るものだから立聞きをして歸つたのであらう、意地惡るの、 根生 ( こんじやう )まがりの、ひねつこびれの、 吃 ( どんも )りの、 齒 ( はッ )かけの、嫌やな奴め、這入つて來たら散々と 窘 ( いぢ )めてやる物を、歸つたは惜しい事をした、どれ下駄をお貸し、一寸見てやる、とて正太に代つて顏を出せば軒の雨だれ前髮に落ちて、おゝ氣味が惡るいと首を縮めながら、四五軒先の瓦斯燈の下を大黒傘肩にして少しうつむいて居るらしくとぼ/\と歩む信如の後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送るに、美登利さん何うしたの、と正太は怪しがりて背中をつゝきぬ。 何うもしない、と氣の無い返事をして、上へあがつて細螺を數へながら、本當に嫌やな小僧とつては無い、表向きに威張つた喧嘩は出來もしないで、温順しさうな顏ばかりして、根生がくす/\して居るのだもの憎くらしからうでは無いか、家の母さんが言ふて居たつけ、 瓦落 ( がら )/\して居る者は心が好いのだと、夫れだからくす/\して居る信さん何かは心が惡るいに相違ない、ねへ正太さん左樣であらう、と口を極めて信如の事を惡く言へば、夫れでも龍華寺はまだ物が解つて居るよ、長吉と來たら彼れははやと、生意氣に大人の口を眞似れば、お廢しよ正太さん、子供の癖に ませた樣でをかしい、お前は餘つぽど 剽輕 ( へうきん )ものだね、とて美登利は正太の頬をつゝいて、其眞面目がほはと笑ひこけるに、己らだつても最少し經てば大人になるのだ、蒲田屋の旦那のやうに角袖外套か何か着てね、祖母さんが仕舞つて置く金時計を貰つて、そして指輪もこしらへて、卷煙草を吸つて、履く物は何が宜からうな、己らは下駄より雪駄が好きだから、三枚裏にして繻珍の鼻緒といふのを履くよ、似合ふだらうかと言へば、美登利はくす/\笑ひながら、背の低い人が角袖外套に雪駄ばき、まあ何んなにか可笑しからう、目藥の瓶が歩くやうであらうと 誹 ( おと )すに、馬鹿を言つて居らあ、それまでには己らだつて大きく成るさ、此樣な小つぽけでは居ないと威張るに、夫れではまだ何時の事だか知れはしない、天井の鼠があれ御覽、と指をさすに、筆やの 女房 ( つま )を始めとして座にある者みな笑ひころげぬ。 正太は一人眞面目に成りて例の目の玉ぐる/\とさせながら、美登利さんは冗談にして居るのだね、誰れだつて大人に成らぬ者は無いに、己らの言ふが何故をかしからう、奇麗な嫁さんを貰つて連れて歩くやうに成るのだがなあ、己らは何でも奇麗のが好きだから、煎餅やのお福のやうな 痘痕 ( みつちや )づらや、薪やのお 出額 ( でこ )のやうなが 萬一 ( もし )來ようなら、直さま追出して家へは入れて遣らないや、己らは 痘痕 ( あばた )と 濕 ( しつ )つかきは大嫌ひと力を入れるに、 主人 ( あるじ )の女は吹出して、それでも正さん宜く私が店へ來て下さるの、伯母さんの痘痕は見えぬかえと笑ふに、夫れでもお前は年寄りだもの、己らの言ふのは嫁さんの事さ、年寄りは 何 ( どう )でも宜いとあるに、夫れは 大失敗 ( おほしくじり )だねと筆やの女房おもしろづくに御機嫌を取りぬ。 町内で顏の好いのは花屋のお六さんに、水菓子やの喜いさん、夫れよりも、夫れよりもずんと好いはお前の隣に据つてお出なさるのなれど、正太さんはまあ誰れにしようと極めてあるえ、お六さんの眼つきか、喜いさんの清元か、まあ何れをえ、と問はれて、正太顏を赤くして、何だお六づらや、喜い公、何處が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退きて、壁際の方へと尻込みをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの、と圖星をさゝれて、そんな事を知る物か、何だ其樣な事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたゝきながら、廻れ/\水車を小音に唱ひ出す、美登利は 衆人 ( おほく )の 細螺 ( きしやご )を集めて、さあ最う一度はじめからと、これは顏をも赤らめざりき。 信如が何時も田町へ通ふ時、通らでも事は濟めども言はゞ近道の土手々前に、假初の格子門、のぞけば鞍馬の石燈籠に萩の袖垣しをらしう見えて、椽先に卷きたる簾のさまもなつかしう、中がらすの障子のうちには今樣の 按察 ( あぜち )の後室が珠數をつまぐつて、 冠 ( かぶ )つ切りの若紫も立出るやと思はるゝ、その一ツ構へが大黒屋の寮なり。 昨日も今日も時雨の空に、田町の姉より頼みの長胴着が出來たれば、 暫時 ( すこし )も早う重ねさせたき親心、御苦勞でも學校まへの一寸の間に持つて行つて呉れまいか、定めて花も待つて居ようほどに、と母親よりの言ひつけを、何も嫌やとは言ひ切られぬ温順しさに、唯はい/\と小包みを抱へて、鼠小倉の緒のすがりし 朴木齒 ( ほゝのきば )の下駄ひたひたと、信如は雨傘さしかざして出ぬ。 お齒ぐろ溝の角より曲りて、いつも行くなる細道をたどれば、運わるう大黒やの前まで來し時、さつと吹く風大黒傘の上を 抓 ( つか )みて、宙へ引あげるかと疑ふばかり烈しく吹けば、これは成らぬと力足を踏こたゆる途端、さのみに思はざりし前鼻緒のずる/\と拔けて、傘よりもこれこそ一の大事に成りぬ。 信如こまりて舌打はすれども、今更何と法のなければ、大黒屋の門に傘を寄せかけ、降る雨を庇に厭ふて鼻緒をつくろふに、常々仕馴れぬお坊さまの、これは如何な事、心ばかりは 急 ( あせ )れども、何としても 甘 ( うま )くはすげる事の成らぬ口惜しさ、ぢれて、ぢれて、袂の中から記事文の下書きして置いた大半紙を 抓 ( つか )み出し、ずん/\と裂きて 紙縷 ( こより )をよるに、意地わるの嵐またもや落し來て、立かけし傘のころころと轉がり出るを、いま/\しい奴めと腹立たしげにいひて、取止めんと手を延ばすに、膝へ乘せて置きし小包み意久地もなく落ちて、風呂敷は泥に、我着る物の袂までを汚しぬ。 見るに氣の毒なるは雨の中の傘なし、途中に鼻緒を踏み切りたるばかりは無し、美登利は障子の中ながら硝子ごしに遠く眺めて、あれ誰れか鼻緒を切つた人がある、母さん切れを遣つても宜う御座んすかと尋ねて、針箱の引出しから友仙ちりめんの切れ端をつかみ出し、庭下駄はくも 鈍 ( もど )かしきやうに、馳せ出でゝ椽先の 洋傘 ( かうもり )さすより早く、庭石の上を傳ふて急ぎ足に來たりぬ。 それと見るより美登利の顏は赤う成りて、何のやうの大事にでも逢ひしやうに、胸の動悸の早くうつを、人の見るかと 背後 ( うしろ )の見られて、恐る/\門の 侍 ( そば )へ寄れば、信如もふつと振返りて、此れも無言に脇を流るゝ冷汗、跣足になりて逃げ出したき思ひなり。 平常 ( つね )の美登利ならば信如が難義の體を指さして、あれ/\彼の意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ拔いて、言ひたいまゝの惡まれ口、よくもお祭りの夜は正太さんに仇をするとて私たちが遊びの邪魔をさせ、罪も無い三ちやんを 擲 ( たゝ )かせて、お前は高見で 采配 ( さいはい )を振つてお出なされたの、さあ 謝罪 ( あやまり )なさんすか、何とで御座んす、私の事を女郎女郎と長吉づらに言はせるのもお前の指圖、女郎でも宜いでは無いか、塵一本お前さんが世話には成らぬ、私には父さんもあり母さんもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある、お前のやうな 腥 ( なまぐさ )のお世話には能うならぬほどに餘計な女郎呼はり置いて貰ひましよ、言ふ事があらば陰のくす/\ならで此處でお言ひなされ、お相手には何時でも成つて見せまする、さあ何とで御座んす、と袂を 捉 ( と )らへて 捲 ( まく )しかくる勢ひ、さこそは當り難うもあるべきを、物いはず格子のかげに小隱れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢ/\と胸とゞろかすは平常の美登利のさまにては無かりき。 我が不器用をあきらめて、羽織の紐の長きをはづし、結ひつけにくる/\と見とむなき間に合せをして、これならばと踏試るに、歩きにくき事言ふばかりなく、此下駄で田町まで行く事かと今さら難義は思へども詮方なくて立上る信如、小包みを横に二タ足ばかり此門をはなるるにも、友仙の紅葉眼に殘りて、捨てゝ過ぐるにしのび難く心殘りして見返れば、信さん何うした鼻緒を切つたのか、其 姿 ( なり )は 何 ( どう )だ、見ッとも無いなと不意に聲を懸くる者のあり。 僕は鼻緒を切つて仕舞つて何う爲ようかと思つて居る、本當に弱つて居るのだ、と信如の意久地なき事を言へば、左樣だらうお前に鼻緒の立ッこは無い、好いや己れの下駄を履いて行きねへ、此鼻緒は大丈夫だよといふに、夫れでもお前が困るだらう。 何己れは馴れた物だ、斯うやつて斯うすると言ひながら 急遽 ( あわたゞ )しう七分三分に尻端折て、其樣な結ひつけなんぞより是れが 爽快 ( さつぱり )だと下駄を脱ぐに、お前 跣足 ( はだし )になるのか夫れでは氣の毒だと信如困り切るに、好いよ、己れは馴れた事だ信さんなんぞは足の裏が柔らかいから跣足で石ごろ道は歩けない、さあ此れを履いてお出で、と揃へて出す親切さ、人には疫病神のやうに厭はれながらも毛虫眉毛を動かして優しき詞のもれ出るぞをかしき。 信さんの下駄は己れが提げて行かう、 臺處 ( だいどこ )へ抛り込んで置たら子細はあるまい、さあ履き替へて夫れをお出しと世話をやき、鼻緒の切れしを片手に提げて、それなら信さん行てお出、 後刻 ( のち )に學校で逢はうぜの約束、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我家の 方 ( かた )へと行別れるに思ひの止まる紅入の友仙は 可憐 ( いぢら )しき姿を空しく格子門の外にと止めぬ。 正太は此日日がけの集めを休ませ貰ひて、三五郎が 大頭 ( おほがしら )の店を見舞ふやら、團子屋の背高が愛想氣のない汁粉やを音づれて、何うだ儲けがあるかえと言へば、正さんお前好い處へ來た、我れが この種なしに成つて最う今からは何を賣らう、直樣煮かけては置いたけれど 中途 ( なかたび )お客は斷れない、何うしような、と相談を懸けられて、智惠無しの奴め大鍋の 四邊 ( ぐるり )に 夫 ( そ )れッ位無駄がついて居るでは無いか、夫れへ湯を廻して砂糖さへ甘くすれば十人前や二十人は浮いて來よう、何處でも皆な左樣するのだお前の 店 ( とこ )ばかりではない、何此騷ぎの中で 好惡 ( よしあし )を言ふ物が有らうか、お賣りお賣りと言ひながら先に立つて砂糖の壺を引寄すれば、目ッかちの母親おどろいた顏をして、お前さんは本當に 商人 ( あきんど )に出來て居なさる、恐ろしい智惠者だと賞めるに、何だ此樣な事が智惠者な物か、今横町の潮吹きの處で が足りないッて此樣やつたを見て來たので己れの發明では無い、と言ひ捨てゝ、お前は知らないか美登利さんの居る處を、己れは今朝から探して居るけれど何處へ行たか筆やへも來ないと言ふ、 廓内 ( なか )だらうかなと問へば、むゝ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町の 刎橋 ( はねばし )から這入つて行た、本當に正さん大變だぜ、今日はね、髮を斯ういふ風にこんな嶋田に結つてと、變てこな手つきして、奇麗だね彼の 娘 ( こ )はと鼻を拭つゝ言へば、大卷さんより猶 美 ( い )いや、だけれど彼の子も 華魁 ( おいらん )に成るのでは可憐さうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは來年から 際物屋 ( きはものや )に成つてお金をこしらへるがね、夫れを持つて買ひに行くのだと頓馬を現はすに、 洒落 ( しやら )くさい事を言つて居らあ左うすればお前はきつと振られるよ。 何故々々。 何故でも振られる 理由 ( わけ )が有るのだもの、と顏を少し染めて笑ひながら、夫れじやあ己れも一廻りして來ようや、又後に來るよと捨て臺辭して門に出て、十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ、と怪しきふるへ聲に此頃此處の 流行 ( はやり )ぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄の音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身躰は忽ちに隱れつ。 揉まれて出し廓の角、向ふより番頭新造のお妻と連れ立ちて話しながら來るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々しき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、 鼈甲 ( べつかう )のさし込、 總 ( ふさ )つきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色のたゞ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまゝ 例 ( いつも )の如くは抱きつきもせで打守るに、 彼方 ( こなた )は正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らば最う此處でお別れにしましよ、私は此人と一處に歸ります、左樣ならとて頭を下げるに、あれ美いちやんの現金な、最うお送りは入りませぬとかえ、そんなら私は京町で買物しましよ、とちよこ/\走りに長屋の細道へ驅け込むに、正太はじめて美登利の袖を引いて好く似合ふね、いつ結つたの今朝かへ昨日かへ何故はやく見せては呉れなかつた、と恨めしげに甘ゆれば、美登利打しほれて口重く、姉さんの部屋で今朝結つて貰つたの、私は厭やでしようが無い、とさし俯向きて往來を恥ぢぬ。 憂く恥かしく、つゝましき事身にあれば人の褒めるは嘲りと聞なされて、嶋田の髷のなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑む眼つきと 察 ( と )られて、正太さん私は 自宅 ( うち )へ歸るよと言ふに、何故今日は遊ばないのだらう、お前何か小言を言はれたのか、大卷さんと喧嘩でもしたのでは無いか、と子供らしい事を問はれて答へは何と顏の 赤 ( あから )むばかり、連れ立ちて團子屋の前を過ぎるに頓馬は店より聲をかけてお中が宜しう御座いますと仰山な言葉を聞くより美登利は泣きたいやうな顏つきして、正太さん一處に來ては嫌やだよと、置きざりに一人足を早めぬ。 お酉さまへ諸共にと言ひしを道引違へて我が家の 方 ( かた )へと美登利の急ぐに、お前一處には來て呉れないのか、何故其方へ歸つて仕舞ふ、餘りだぜと例の如く甘へてかゝるを振切るやうに物言はず行けば、何の故とも知らねども正太は呆れて追ひすがり袖を止めては怪しがるに、美登利顏のみ打赤めて、何でも無い、と言ふ聲 理由 ( わけ )あり。 寮の門をばくゞり入るに正太かねても遊びに來馴れて左のみ遠慮の家にもあらねば、跡より續いて椽先からそつと上るを、母親見るより、おゝ正太さん宜く來て下さつた、今朝から美登利の機嫌が惡くて皆な あぐねて困つて居ます、遊んでやつて下されと言ふに、正太は大人らしう 惶 ( かしこま )りて加減が惡るいのですかと眞面目に問ふを、いゝゑ、と母親怪しき笑顏をして少し經てば 愈 ( なほ )りませう、いつでも極りの我まゝ 樣 ( さん )、嘸お友達とも喧嘩しませうな、 眞實 ( ほんに )やり切れぬ孃さまではあるとて見かへるに、美登利はいつか小座敷に蒲團抱卷持出でゝ、帶と上着を脱ぎ捨てしばかり、うつ伏し臥して物をも言はず。 正太は恐る/\枕もとへ寄つて、美登利さん何うしたの病氣なのか心持が惡いのか全体何うしたの、と左のみは摺寄らず膝に手を置いて心ばかりを惱ますに、美登利は更に答へも無く押ゆる袖にしのび音の涕、まだ結ひこめぬ前髮の毛の濡れて見ゆるも 子細 ( わけ )ありとはしるけれど、子供心に正太は何と慰めの言葉も出ず唯ひたすらに困り入るばかり、全体何が何うしたのだらう、己れはお前に怒られる事はしもしないに、何が其樣なに腹が立つの、と覗き込んで途方にくるれば、美登利は眼を拭ふて正太さん私は怒つて居るのでは有りません。 夫れなら何うしてと問はれゝば憂き事さまざま是れは何うでも話しのほかの包ましさなれば、誰れに打明けいふ筋ならず、物言はずして自づと頬の赤うなり、さして何とは言はれねども、次第次第に心細き思ひ、すべて昨日の美登利の身に覺えなかりし思ひをまうけて物の恥かしさ言ふばかりなく、成事ならば薄暗き部屋のうちに誰れとて言葉をかけもせず我が顏ながむる者なしに一人氣まゝの朝夕を經たや、さらば此樣の憂き事ありとも人目つゝましからずば斯く迄物は思ふまじ、何時までも何時までも人形と 紙雛 ( あね )さまとをあひ手にして 飯事 ( まゝごと ) 許 ( ばか )りして居たらば嘸かし嬉しき事ならんを、ゑゝ厭や厭や、大人に成るは厭やな事、何故このやうに年をば取る、最う 七月 ( なゝつき ) 十月 ( とつき )、一年も 以前 ( もと )へ歸りたいにと 老人 ( としより )じみた考へをして、正太の此處にあるをも思はれず、物いひかければ悉く蹴ちらして、歸つてお呉れ正太さん、後生だから歸つてお呉れ、お前が居ると私は死んで仕舞ふであらう、物を言はれると頭痛がする、口を利くと眼がまわる、誰れも/\私の處へ來ては厭やなれば、お前も何卒歸つてと例に似合ぬ愛想づかし、正太は 何故 ( なに )とも得ぞ解きがたく、烟のうちにあるやうにてお前は何うしても變てこだよ、其樣な事を言ふ筈は無いに、可怪しい人だね、と是れはいさゝか口惜しき思ひに、落ついて言ひながら目には氣弱の涙のうかぶを、何とて夫れに心を置くべき歸つてお呉れ、歸つてお呉れ、何時まで此處に居て呉れゝば最うお友達でも何でも無い、厭やな正太さんだと憎くらしげに言はれて、夫れならば歸るよ、お邪魔さまで御座いましたとて、風呂場に加減見る母親には挨拶もせず、ふいと立つて正太は庭先よりかけ出しぬ。 眞一文字に驅けて人中を拔けつ潜りつ、筆屋の店へをどり込めば、三五郎は何時か店をば賣仕舞ふて、腹掛のかくしへ 若干金 ( なにがし )かをぢやらつかせ、弟妹引つれつゝ好きな物をば何でも買への大兄樣、大愉快の 最中 ( もなか )へ正太の飛込み來しなるに、やあ正さん今お前をば探して居たのだ、己れは今日は大分の儲けがある、何か奢つて上やうかと言へば、馬鹿をいへ手前に奢つて貰ふ己れでは無いわ、默つて居ろ生意氣は 吐 ( つ )くなと何時になく荒らい事を言つて、夫れどころでは無いとて 鬱 ( ふさ )ぐに、何だ何だ喧嘩かと喰べかけの ぱんを 懷中 ( ふところ )に捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何處で始まつた 廓内 ( なか )か鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ、不意でさへ無くば負けはしない、己れが承知だ先棒は振らあ、正さん膽ッ玉をしつかりして懸りねへ、と競ひかゝるに、ゑゝ氣の早い奴め、喧嘩では無い、とて流石に言ひかねて口を 噤 ( つぐ )めば、でもお前が大層らしく飛込んだから己れは一途に喧嘩かと思つた、だけれど正さんは今夜はじまらなければ最う是れから喧嘩の起りッこは無いね、長吉の野郎片腕がなくなる物と言ふに、何故どうして片腕がなくなるのだ。 お前知らずか己れも 唯 ( たつた )今うちの父さんが龍華寺の御新造と話して居たを聞いたのだが、信さんは最う近々何處かの坊さん學校へ這入るのだとさ、衣を着て仕舞へば手が出ねへや、空つきり 彼 ( あ )んな袖のぺら/\した、恐ろしい長い物を捲り上げるのだからね、左うなれば來年から横町も表も殘らずお前の手下だよと 煽 ( そや )すに、廢して呉れ二錢貰ふと長吉の組に成るだらう、お前みたやうのが百人中間に有たとて少とも嬉しい事は無い、着きたい方へ何方へでも着きねへ、己れは人は頼まない 眞 ( ほん )の腕ッこで一度龍華寺とやりたかつたに、他處へ行かれては仕方が無い、藤本は來年學校を卒業してから行くのだと聞いたが、何うして其樣に早く成つたらう、爲樣のない野郎だと舌打しながら、夫れは少しも心に止まらねども美登利が素振のくり返されて正太は例の歌も出ず、大路の往來の夥たゞしきさへ心淋しければ賑やかなりとも思はれず、火ともし頃より筆やが店に轉がりて、今日の酉の市目茶/\に此處も彼處も怪しき事成りき。 美登利はかの日を始めにして生れかはりし樣の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束はてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも恥かし氣に顏のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故かと危ぶむも有れども母親一人ほゝ笑みては、今にお 侠 ( きやん )の本性は現れまする、これは中休みと 子細 ( わけ )ありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順しう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹るもあり、表町は俄に火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な/\の弓張提燈、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そゞろ寒げに、折ふし供する三五郎の聲のみ何時に變らず 滑稽 ( おどけ )ては聞えぬ。 龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る 風説 ( うはさ )をも美登利は絶えて聞かざりき、有し意地をば其まゝに封じ込めて、此處しばらくの怪しの 現象 ( さま )に我れを我れとも思はれず、唯何事も恥かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懷かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに傳へ聞く其明けの日は信如が何がしの 學林 ( がくりん )に袖の色かへぬべき當日なりしとぞ。 入力:青空文庫 校正:米田進、小林繁雄 1997年10月15日公開 2011年4月30日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、で作られました。 入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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