ドラゴン ボート レース。 祭やイベント/sub/スタンレードラゴンボートレース (香港)

ドラゴンボートとは

ドラゴン ボート レース

紀元は2300年前にさかのぼる… 今から2300年前、中国の春秋戦国時代、楚(そ)の国に、広く民衆に敬愛された屈原(くつげん)という、詩人で大臣をつとめる男がいました。 しかし、あまりに市民に愛されたため、彼をねたむ政敵の陰謀に巻き込まれ、国を追放されてしまいます。 それを歎き悲しんだのか、身を挺しての抗議だったのかは諸説ありますが、彼は揚子江に入水自殺してしまいました。 その話を聞いた民衆たちが、ありったけの船を出して彼を救おうと奔走しましたが、とうとう見つけることはできず、悲しんだ民衆は、せめて彼の遺体が魚に食べられることがないよう、きれいなままでいられるようにと、船の櫂で水面を叩きながら、魚のえさにとちまきを川へ投げ込みました。 この日が旧暦の5月5日だったことから、その屈元の命日である端午節(端午の節句)にレースが行われるようになり、同時にちまきを食べるという習慣も加わり、少しずつ各国に広まったといわれています。 ナビが所属していたチームは「超」が大量につくほどの弱小チームで、メンバーもみごとな寄せ集め。 最初はボートに乗り込むことすらままならないほどのダメっぷりでした。 そのチームがレースに参加するまでに体験したトレーニングとは…。 パドルの持ち方から、水面への着水、漕ぎ方、水上での動かし方などを、いきなりボート上でレッスンします。 監督の大声に合わせてじたばたとパドルを動かすと、ボートは右に揺れ左に揺れの大騒動。 それでも、ひっくり返らずギリギリセーフで浮かんでいられたのは、絶対に落っこちたくない!っていうほど汚い湾で練習していたからにほかなりません。 上達の近道は、サバイバルな環境からかもしれないですね。 もちろん、写真のような立派なチームはこのような大胆なことはせず、きちんと陸上での筋トレや基礎練習をしてからボートに乗り込んでいます。

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ドラゴンボートレース

ドラゴン ボート レース

ドラゴンボートとは ドラゴンボートは、1名のドラマー、10名~20名の漕ぎ手、1名の舵取りで行う競技で、オープンの部、混合の部、女子の部、シニアの部、ジュニアの部など様々な競技カテゴリーで開催されており、日本各地の海や川や湖で行われている、老若男女が楽しめるスポーツです。 なかなか文字では伝わりにくいかと思いますので、映像でご覧ください。 ニュースポーツとしてのドラゴンボート 「ドラゴンボール?」いや「ドラゴンボートです」。 このように日本においては今少し認知度が低いかもしれませんが、アジア、ヨーロッパを含む全世界では「ニュー・スポーツ」として目覚ましい勢いで普及しているのが「 ドラゴンボート競技」です。 平井肇氏によると、「ニュー・スポーツ」とは「考案されたのが比較的新しいスポーツ、外国での歴史は古いが発祥国以外では比較的新しいスポーツ、起源は古いが競技として整備されたのが比較的新しいスポーツ」と定義出来るようですが、まさにこの定義通りの発展途上にあるスポーツです。 日本に於いては「一般社団法人・日本ドラゴンボート協会」を統括組織として60以上のチームが加盟し、日本国内で多くの大会を開催・普及活動にも力を注いでいます。 ドラゴンボートの起源は諸説あるものの、最も一般的に受け入れられているのがはるか紀元前278年に遡る「 屈原説」です。 中国の戦国時代、楚の国の政治家であった屈原は、政策を巡り国内の政敵の策略により国を追われ、湖南省の泪羅(べきら)の淵に石を抱いて抗議の入水をしてしまう。 これを知った近くの漁民達は屈原が淵に潜む竜や魚に襲われないよう、竹筒に蒸した米を詰めて水中に投げ込み、又ドラや太鼓を打ち鳴らして探し回ったという。 以来、屈原が入水した旧暦5月5日の端午節にその霊を祭る小舟レースが各地で行われるようになり、 日本の端午の節句や、「ちまき」の起源もこの伝説に由来するといいます。 これら伝統的な舟漕ぎ競争は、 1976年に香港で開催された「香港国際龍舟祭」をきっかけに「ドラゴンボート」と名称を統一して国際的スポーツに変化しました。 ルール並びにボート、パドル等の競技用ツールスペックの世界共通基準を設定、わずか20数年の間に世界各国・地域ドラゴンボート協会、アジア連盟、ヨーロッパ連盟等の大陸別連盟、そしてこれらの統括団体としての世界ドラゴンボート連盟を組織し、オリンピック競技化を目指すまでに発展しました。 2010年10月現在で、世界ドラゴンボート連盟に加盟する国・地域は68カ国、加盟希望国が11カ国となり、世界スポーツ連盟連合(GAISF改名してSportsAccord)への加盟も承認されました。 大陸別国際大会、世界大会等毎年世界各地で開催され、又各国協会が主催する大会へも海外チームを招待するなど、活発な交流が進んでいます。 グットマンは、現代スポーツの特徴は「世俗化」「競争の機会と条件の平等化」「役割の専門化」「合理化」「官僚的組織化」「数量化」「記録万能主義」であると述べていますが、振り返ってみるとドラゴンボート競技の普及も一部はこの理論に沿って発展していると思われます。 ドラゴンボート競技の魅力であり普及してきた大きな要因は、女性や身障者を含み、 誰でも容易に楽しめる典型的な「ソフト・スポーツ」という面と現代スポーツの特徴である真剣勝負的要素も確保していることであると思われます。 それに加えて20名の漕ぎ手全員が力とタイミングを合わせる必要があること、水上スポーツという性格上特に安全上の注意が必要なこと、チーム全員で勝利を目指すという協力姿勢が必要なこと、さらに言葉はわからなくてもドラゴンボートレースを通じて世界の若者が交流を図る機会があること等、世界の教育関係者がドラゴンボート競技を最良の青少年教育ツールと位置付けていることが挙げられます。 国籍を問わずドラゴンボート関係者が抱えている課題は他のスポーツの例にもれず大会運営財政問題です。 中国や東南アジアの国々のようにナショナルスポーツとして国が大会・組織運営資金など賄っている例もありますが、多くの国・地域では運営費用の捻出に頭を痛めています。 又、オリンピック競技化に向けては調整しなくてはならない他競技国際連盟との微妙な関係もあります。 しかし、これらの課題を一歩ずつ解決しながら 2010年11月に中国・広州で開催される「アジア大会」での公開種目まで実現。 日本からもJOCを通じて代表チームを派遣しました。 現代社会は情報化社会であり、メンバー国間の情報伝達もインターネットを通じて瞬間的に行われるようになり、世界への伝播の在り方も従来とは大きく変化してきました。 それだけに組織運営の透明性と公平性がより強く求められることになります。 日本ドラゴンボート協会としては、これらの点を念頭に置き、 ドラゴンボート競技の普及を通じて国内・国際的な地域活性化と交流、更には青少年教育の一助になるべく尽力したいと考えております。 ドラゴンボートの歴史.

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端午節恒例、ドラゴンボートレース開催 マカオ

ドラゴン ボート レース

ドラゴンボートとは ドラゴンボートは、1名のドラマー、10名~20名の漕ぎ手、1名の舵取りで行う競技で、オープンの部、混合の部、女子の部、シニアの部、ジュニアの部など様々な競技カテゴリーで開催されており、日本各地の海や川や湖で行われている、老若男女が楽しめるスポーツです。 なかなか文字では伝わりにくいかと思いますので、映像でご覧ください。 ニュースポーツとしてのドラゴンボート 「ドラゴンボール?」いや「ドラゴンボートです」。 このように日本においては今少し認知度が低いかもしれませんが、アジア、ヨーロッパを含む全世界では「ニュー・スポーツ」として目覚ましい勢いで普及しているのが「 ドラゴンボート競技」です。 平井肇氏によると、「ニュー・スポーツ」とは「考案されたのが比較的新しいスポーツ、外国での歴史は古いが発祥国以外では比較的新しいスポーツ、起源は古いが競技として整備されたのが比較的新しいスポーツ」と定義出来るようですが、まさにこの定義通りの発展途上にあるスポーツです。 日本に於いては「一般社団法人・日本ドラゴンボート協会」を統括組織として60以上のチームが加盟し、日本国内で多くの大会を開催・普及活動にも力を注いでいます。 ドラゴンボートの起源は諸説あるものの、最も一般的に受け入れられているのがはるか紀元前278年に遡る「 屈原説」です。 中国の戦国時代、楚の国の政治家であった屈原は、政策を巡り国内の政敵の策略により国を追われ、湖南省の泪羅(べきら)の淵に石を抱いて抗議の入水をしてしまう。 これを知った近くの漁民達は屈原が淵に潜む竜や魚に襲われないよう、竹筒に蒸した米を詰めて水中に投げ込み、又ドラや太鼓を打ち鳴らして探し回ったという。 以来、屈原が入水した旧暦5月5日の端午節にその霊を祭る小舟レースが各地で行われるようになり、 日本の端午の節句や、「ちまき」の起源もこの伝説に由来するといいます。 これら伝統的な舟漕ぎ競争は、 1976年に香港で開催された「香港国際龍舟祭」をきっかけに「ドラゴンボート」と名称を統一して国際的スポーツに変化しました。 ルール並びにボート、パドル等の競技用ツールスペックの世界共通基準を設定、わずか20数年の間に世界各国・地域ドラゴンボート協会、アジア連盟、ヨーロッパ連盟等の大陸別連盟、そしてこれらの統括団体としての世界ドラゴンボート連盟を組織し、オリンピック競技化を目指すまでに発展しました。 2010年10月現在で、世界ドラゴンボート連盟に加盟する国・地域は68カ国、加盟希望国が11カ国となり、世界スポーツ連盟連合(GAISF改名してSportsAccord)への加盟も承認されました。 大陸別国際大会、世界大会等毎年世界各地で開催され、又各国協会が主催する大会へも海外チームを招待するなど、活発な交流が進んでいます。 グットマンは、現代スポーツの特徴は「世俗化」「競争の機会と条件の平等化」「役割の専門化」「合理化」「官僚的組織化」「数量化」「記録万能主義」であると述べていますが、振り返ってみるとドラゴンボート競技の普及も一部はこの理論に沿って発展していると思われます。 ドラゴンボート競技の魅力であり普及してきた大きな要因は、女性や身障者を含み、 誰でも容易に楽しめる典型的な「ソフト・スポーツ」という面と現代スポーツの特徴である真剣勝負的要素も確保していることであると思われます。 それに加えて20名の漕ぎ手全員が力とタイミングを合わせる必要があること、水上スポーツという性格上特に安全上の注意が必要なこと、チーム全員で勝利を目指すという協力姿勢が必要なこと、さらに言葉はわからなくてもドラゴンボートレースを通じて世界の若者が交流を図る機会があること等、世界の教育関係者がドラゴンボート競技を最良の青少年教育ツールと位置付けていることが挙げられます。 国籍を問わずドラゴンボート関係者が抱えている課題は他のスポーツの例にもれず大会運営財政問題です。 中国や東南アジアの国々のようにナショナルスポーツとして国が大会・組織運営資金など賄っている例もありますが、多くの国・地域では運営費用の捻出に頭を痛めています。 又、オリンピック競技化に向けては調整しなくてはならない他競技国際連盟との微妙な関係もあります。 しかし、これらの課題を一歩ずつ解決しながら 2010年11月に中国・広州で開催される「アジア大会」での公開種目まで実現。 日本からもJOCを通じて代表チームを派遣しました。 現代社会は情報化社会であり、メンバー国間の情報伝達もインターネットを通じて瞬間的に行われるようになり、世界への伝播の在り方も従来とは大きく変化してきました。 それだけに組織運営の透明性と公平性がより強く求められることになります。 日本ドラゴンボート協会としては、これらの点を念頭に置き、 ドラゴンボート競技の普及を通じて国内・国際的な地域活性化と交流、更には青少年教育の一助になるべく尽力したいと考えております。 ドラゴンボートの歴史.

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