むべ 山風 を あらし といふ らん。 小倉百人一首のデータ 歌人 身分 >雑学データバンク

【百人一首講座】吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ─文屋康秀 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】

むべ 山風 を あらし といふ らん

【概要】 小倉百人一首の全首につき替歌 パロディ を創作した狂歌集です。 天保十四年 1843 、蘆間蟹彦の編輯により『 蜀山先生 狂歌百人一首』として大阪で出版されました。 蜀山先生とは大田南畝 1749-1823。 それ以前にも狂歌師による同種の試みは幽双庵『犬百人一首』をはじめ幾つもありましたが、江戸狂歌の大家の名で出版された本書は最も著名な「もじり百人一首」として今日まで享受されて来ました。 但し収められた百首すべてを蜀山人の自作とするのは疑わしいと見られ、例えば『大田南畝全集』第一巻解説(濱田義一郎氏)は、「蜀山人の作に近いのは、喜撰法師・春道列樹・後徳大寺の三首、似ているのが安倍仲麿・僧正遍昭の二首」に過ぎないとしています。 蜀山人らしからぬ素人臭い作が幾つも存在するのは明らかですが、飄逸な秀詠・佳詠も少なくなく、天明狂歌の頓知横溢の才を十分に発揮した集となっており、蜀山先生を草葉の陰で嘆かせることはなかったと信じます。 【このテキストについて】 『大田南畝全集』第一巻(岩波書店)所収の「 蜀山先生 狂歌百人一首」を底本とし、他書(参考文献参照)によって校訂を施したテキストです。 仮名遣は底本に従いました(歴史的仮名遣とは異なる場合が少なくありませんが、そのままとします)。 漢字もほぼ底本に従いますが、数ヶ所仮名を漢字に置き換えた例あり。 送り仮名・ルビを補いました。 踊り字は用いず。 【主な参考文献】 『新百家説林 蜀山人全集』(吉川弘文館) 『大田南畝集』(有朋堂文庫) 『大田南畝全集』第一巻(岩波書店) 『江戸狂歌本選集』全十巻 江戸狂歌本選集刊行会 編(東京堂出版) 『万載狂歌集』 上 下 宇田敏彦 校註(現代教養文庫) 『徳和歌後万載集』野崎左文 校訂(岩波文庫) 『小倉百人一首と狂歌・川柳』水木真弓・安達勇(淞風選書) 『百人一首江戸の散歩』江口孝夫(日中出版) 『江戸のパロディー もじり百人一首を読む』武藤禎夫(東京堂出版) 『江戸川柳で読む百人一首』阿部達二(角川選書) 【もくじ 10番ごと 】 001 秋の田のかりほの庵の歌がるたとりぞこなつて雪は降りつつ 【本歌】秋の田のかりほの盧の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ 【蛇足】天智天皇と15光孝天皇の取り札を間違えたのです。 この二首、下句は「わかころもてはつゆにぬれつつ」「わかころもてにゆきはふりつつ」と良く似ていて、競技者泣かせ。 【他のもじり例】 あきれたのかれこれ囲碁の友をあつめ我が騙し手は終に知れつつ 秋の田の刈り田のあとを咎められ我が後ろ手に雪は降りつつ 注:しょっぴかれたのです。 秋の露時雨の亭の書き始め 注:小倉山の時雨亭は藤原定家の山荘。 食ふことがまづ第一と定家いひ 濡れた御衣 みそ 隣の山で干したまふ 002 いかほどの洗濯なればかぐ山で衣ほすてふ持統天皇 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふあまの香久山 狂歌お得意の揚げ足取りで女帝を戯画化しています。 春すぎて夏来にけらし綿抜きの衣干すてふ汗のかき初め 春過ぎて棗に入れし新茶かな 山で干すさすが女帝は衣裳持ち 夏来にけらし白妙のところてん 春過ぎて懐 なつ きにけらし雀の子 003 あし引の山鳥のおのしたりがほ人丸ばかり歌よみでなし 足引の山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝ん 和歌の神様にさえ、いや和歌の神様だからこそ憎まれ口を叩かずにいられない臍曲り。 光陰は山鳥の尾の矢のごとしながながしくも長寝せんかも 足引の山におかれぬしだらにてながながし夜をひとりかもねん あしひきの山屋がうどん汁もよし長々しきをひとりすすらん しだり尾の長屋長屋に菖蒲 しやうぶ かな 注:嵐雪の句。 五月節句、屋根に菖蒲草を飾った。 004 白妙のふじの御詠で赤ひとの鼻の高ねに雪はふりつつ 田子の浦にうちいでてみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ ところで蜀山人は大田南畝晩年の号。 狂歌師としては四方赤人、のち四方赤良 よものあから の狂名を用いました。 赤良は「赤ら顔」から来たものです。 吉原に打ち出でてみれば白小袖散茶揚屋の雪の振袖 真白な名歌を赤い人がよみ すり鉢はみそひともじでほめ足らず 注:すり鉢を伏せたような形なので富士をすり鉢と言う。 赤人の歌は字余りなので「三十一文字でほめ足らず」。 なお、みそ 味噌 はすり鉢の縁語。 005 なく鹿の声聞くたびに涙ぐみさる丸太夫いかい愁たん 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき 芝居地味た猿丸大夫の愁嘆ぶりを皮肉る。 「いかい」は「いかし」の口語形で、「甚だしい」「大きい」の意。 「愁たん」は「愁嘆」。 「愁嘆な話」などと、当時は頻用されました。 おく山の紅葉と見てや猿まろが尻をも鹿のふみわけてゆく 奥山に紅葉見の客生酔の声聞く時ぞ秋もおかしき 006 其のままにをくしもの句をかり橋の白きをみれば夜ぞ更けにける 鵲のわたせる橋におく霜の白きをみれば夜ぞ更けにける 「しもの句」の「しも」に「霜」「下」を掛け、「かり橋」の「かり」に「借り」「仮」を掛けています。 「本歌の下の句をそのまま借りました」と上の句で弁解しているだけ、という無内容ぶりが人を食っています。 蕎麦売りの声細々と行灯の白きを見れば夜ぞ更けにける おく霜の白きは見せぬ日本橋 007 仲麿はいかい歯ぶしの達者もの三笠の山にいでし月かむ 天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも 「月かも」を「月噛もー」と曲解して驚いてみせた。 「歯ぶし」は歯茎。 天の原月すむ秋を真二つにふりわけみればちやうど仲麻呂 もろこしで詠んだも百の内へ入れ 仲麿はもろこし団子にて月見 仲麿は相談相手月ばかり 春日なる隣の山で鹿がなき 008 わが庵はみやこの辰巳午ひつじ申酉戌亥子丑寅う治 我が盧は都のたつみしかぞ住むよを宇治山と人はいふなり たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い、ね、うし、とら、卯、と十二支を全て詠み込んで、しかも「うぢ(宇治)」でオチがついたのは狂歌の神(がいるとしたら)の恩寵かと疑われます。 蜀山狂歌の名作と誉れ高い一首です。 風流はただ何事も茶でくらす世をうぢ山と人はいふなり 茶と鹿で喜撰たびたび寝そびれる 江戸ならば深川辺に喜撰住み 009 衣通 そとほり の歌の流義にをのづからうつりにけりな女どしゆへ 花の色はうつりにけりないたづらに我が身よにふるながめせしまに 「流義」は流儀に同じ。 古今集の仮名序に「小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり」とあるのを踏まえます。 女歌詠み同士ゆえ、自然と歌の流儀も引き継いだのか。 花のころはさかりにけりな上野山わが身べんとをひらきせしまに 花の色身のいたづらはせぬ女 注:生涯男を寄せつけなかったとの伝説がある。 眺めせしまに老い朽ちる斧と小野 010 四の緒のことをばいはずせみ丸のお歌の中にもの字四ところ これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 「四の緒のこと」は琵琶のこと。 蝉丸は琵琶の名手と伝わります。 ところがその歌の中では「を 緒 」を言わず、「も」ばかり四カ所もある、と。 これやこの行くも帰るも蝦夷咄知るも知らぬも大方は嘘 注:蝦夷地開拓ブームの頃の落首。 琵琶の曲ゆくも帰るも立ちどまり 百人に九十九人は蛇におぢ 歌道では明るく見えるこれやこの 011 ここまでは漕ぎ出でけれどことづてを 一寸 ちよと たのみたい 海士 あま の釣舟 わたのはら八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよあまの釣舟 篁さんより随分腰が低いですね。 三月のうちにとれたる初鰹人には告げよ海士の釣舟 012 吹きとぢよ乙女のすがたしばしとはまだみれんなるむねさだのぬし あまつ風雲のかよひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめん この「乙女」は、五節の舞の舞姫。 「むねさだ」は遍昭の俗名。 「胸定まらぬ」を掛けています。 遍照は乙女に何の用がある 乙女の一首僧正にならぬうち 落馬にもこりず乙女をとめたがり 注:遍昭曰く「我おちにきと人にかたるな」。 013 みなの川みなうそばかりいふなかに恋ぞ積りて淵はげうさん つくばねの峰より落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる 「げうさん」は仰山。 嘘で塗り固めた末に、泥沼状態ですか? 尽くす馬鹿身より出だせる借銭の恋ぞつもりて淵にしづめる みなの川男と女の間には嘘つくばねの淵のありてふ 014 陸奥 みちのく のしのぶもぢもぢわがことを我ならなくになどとまぎらす 陸奥のしのぶ文字ずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに 小娘のうぶな媚態の風情でしょうか。 みちのくの忍ぶもぢずりそれよりも乱れそめにし今日の酒盛り 015 光孝と何かいふらん君がため若菜を摘むは忠義天皇 君がため春の野に出でて若菜つむ我が衣手に雪はふりつつ 「君がため」とあるので「孝行」天皇ならぬ「忠義」天皇だろう、との屁理屈。 世渡りに春の野に出て若菜摘む我が衣手に雪も恥かし 秋は露春は雪にて御衣がぬれ 016 行平は狐のまねをしられけり松としきけば今帰りこん 立ち別れ因幡の山の嶺におふるまつとし聞かば今帰りこむ 帰り「コン」に狐の鳴き声を掛けただけですね。 なお、歌の中に本歌の作者を無理矢理登場させる不遜なやり口は、この『狂歌百人一首』で頻繁に使われています。 立ちわかれ田舎へ行くも金ゆゑに都合ができて今帰りこん 立ち別れ稲葉に来るな虫送り 取落し行平に下女立別れ 注:行平鍋を落として割ってしまった。 017 千早振る神代も聞かぬ御趣向をよくよみえたり在五中将 千早ぶる神代もきかず立田川からくれなゐに水くくるとは 紅葉流れる立田川を「唐紅に水くくる」と見た本歌の趣向を讃めているこの狂歌、なんの趣向もありません。 かんりやくに千早ふるぼねもちひしはかみ屋もきかぬためしなり平 千早ふる神代もきかず江戸中に目から鼻から砂くぐるとは 注:宝永四年富士山噴火の落首 ちはやふる神代にもないいい男 神代もきかずどらもした歌人なり 注:どらは道楽・放蕩。 芥川神代もきかぬ不埒なり 注:伊勢物語、藤原高子との駆落ち。 018 とし 行 ゆき といふはもつとも住の江の岸による波顔による波 住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人めよくらむ 作者の名「敏行」に「年ゆき」を掛け、顔の皺が多いのも尤もだと一人合点しています。 娘の子ひいき役者を思ひ寝の夢の通ひ路人めよくらむ 019 なにはがたみじかき芦を伊せならばただ浜荻とよみそうなもの 難波潟みじかき葦の節のまもあはでこの世をすぐしてよとや 「伊勢国には、葦を浜荻と云ふなり」 仙覚抄。 「難波の葦は伊勢の浜荻」 菟玖波集。 作者名伊勢に引っ掛けていちゃもんを付けています。 難波がたみじかき足の亀の子もながきよはひをすぐしてよとや あはで此世を過ぐしてるしやぼん売 注:「逢はで」を「泡で」にすり替えた。 020 わびぬれば鯉のかはりによき鮒のみをつくりてものまんとぞ思ふ わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ 「鯉はなくて、鮒よりはじめて…」 土左日記。 何につけ「のまんとぞ思ふ」意志だけは強固な酒飲み。 わびぬれど心はおなじ難波焼の茶碗で一服立てむとぞ思ふ 侘びぬれば今はなおなじご借金 注:公の高利貸し 金貸し座頭 からの借金だから「ご借金」と言う。 021 いまこんといひしばかりに出てこぬは素性法師の弟子か師匠か 今こんといひしばかりに長月の有明の月をまちいでつるかな お坊さんですもの、きっと法話を交わす約束でもしていたんでしょうね。 今こんと鳴きしばかりに女狐の穴にや夜の殿を待つらん 注:穴に女陰を暗喩。 今こんと鳴きし狐に化かされて有明の月を待ちいでつるかな 今こんといひしば雁の料理哉 注:西山宗因の句。 注文した雁の料理がまだ来ない。 022 喰ふからにあせのお袖のしほるればむべ豆粥をあつしといふらん 吹くからに秋の草木のしほるればむべ山風をあらしといふらん 豆粥を「あつし、あつし」と言いながら食った、ということでしょう。 吹くからに山の神さへしなぬれば無常の風を嵐といふらん 吹くからに秋の米の直 ね 上がるればむべ山風を餓死といふらん 023 月みれば千々に芋こそ喰ひたけれわが身ひとりのすきにはあらねど 月みれば千々にものこそかなしけれ我が身ひとつの秋にはあらねど 秋の名月の季節は、また芋の美味い季節。 十五夜に里芋を供える土地もあるとか。 月見てもさらに悲しくなかりけり世界の人の秋と思へば 024 このたびはぬさも取敢へず手向山まだ其上にさい銭もなし このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに 「まだその上に」、切々と響きます。 このほどは櫛も取りあへずむさければ虱わくらし髪の間に間に 紅葉せし間に間に神の旅支度 注:神無月には揃って出雲へ旅立つ神々。 025 三条の右大臣なら前にゐる河原の左大臣はなじみか 名にしおはば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな 京都鴨川に「三条河原」がありますね。 名前から思いついただけの駄洒落ですが、左右もちゃんと揃っています。 なにといはば大酒飲みのあばれ者人にぶたれてくるよしもがな 歌がるた逢坂山で嫁小声 注:「さ寝」とあるのを恥ずかしがった。 026 小倉山みねのもみぢば心あらば貞信公に御返歌をせん 小倉山みねのもみぢば心あらば今ひとたびの御幸またなん なるほど、まず最初に御返歌するのが礼儀でしょう。 小倉山折り焚く紅葉心あらば時雨ふるほど酒が降れかし 氷室には僅かの雪で間に合わず今ひとたびの深雪またなん 027 泉河いつみきとてかかね輔がとなりの娘恋しかるらん みかのはらわきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ なるほど「となりの娘」では、いつ最初に見たか記憶がないのも無理はありません。 本歌の初々しい恋の風情を巧みに活かしています。 酒のはら起きてのまるる水の数いつ飲むとても苦しかるらん 春と夏の境をたえず泉川暑き日やなほ恋しかるらん 注:銘酒「泉川」を冷やでやりたい。 鮎の子のわきて流るる泉川いづみ酢にての料理床しき 注:和泉国産の酢は上等。 028 山里は冬ぞさびしさまさりける 矢張 やはり 市中がにぎやかでよい 山里は冬ぞさびしさ増りける人めも草もかれぬとおもへば 上句の雅調から下句の俗調へ切替の妙。 本音をあっさり言い切るのも江戸狂歌らしさ。 山里へひとり雪見の風流は人めも草もかれぬとおもへば 花火とは夏ぞせはしさまさりけり人みな憂さを晴らすと思へば 人目も草もいとはずに野糞たれ 029 こころあてに吸はばや吸はん初しもの 昆布 こぶ まどはせる塩だらの汁 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花 「初しもの昆布」はとろろ昆布のことらしい。 いかにも人を「まどわせる」食い物ですね。 心あてにならばや植ゑんきくの花秋のこがねの色をたのみて 隠岐の院まどはせる亀菊の花 注:99後鳥羽院参照。 030 在明のつれなくみえしわかれより暁ばかりおこるしやく哉 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし 「しやく」は癪。 女性によく起こるという発作性の腹痛です。 そしてまたおまへいつきなさるの尻あかつきばかりうき物はなし 百人一首にどうありとても元日の暁ばかりよきものはなし 蒜 にんにく のつれなく残る匂ひよりあさつきばかりよき物はなし 赤土ばかり憂きものはなし滑り 注:雨に濡れた赤土は滑りやすい。 031 是則がまだめのさめぬ朝ぼけに在明の月とみたるしら雪 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里にふれる白雪 「ら」を抜いただけで、風流な世界が台無しです。 朝出でてありたけの銭のなき迄に吉野の遊山くらす籠のり 032 質蔵にかけし赤地のむしぼしはながれもあへぬ紅葉なりけり 山川に風の懸けたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり 質屋の蔵で虫干ししている赤地の着物(もちろん女物)を、「質流れ」に掛けて「流れもあへぬ紅葉」と言いなした。 酔ざめの心も月の縁さきに風のかけたるひとへ物かな 033 久かたの光りのどけき春の日に紀の友則がひるね一時 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ ウトウト昼寝しながらひねった一首という感じです。 おやかたのしかりくどきき晴の日に何ごころなくはなのたるらむ 034 誰をかも仲人にして高砂の尉と姥とのなかよかるらん 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに 高砂の松の精である尉 じよう と姥 うば は互いに長命で仲の良い、夫婦の模範。 その仲人は誰が務めたのかと訝ってみせた。 誰をかも知る人にせん死出の旅鬼も昔の友ならなくに 知る人にせんと高砂嫁をつれ 注:嫁を連れて近所を挨拶廻り。 誰をかもひる人にせん無礼講 035 人はいざどこともしらず貫之がつらつらつらとよみし故郷は 人はいさ心も知らず古郷は花ぞ昔の香ににほひける 「つらつら」は「すらすら」に同じ。 貫之の詠んだ「故郷」は古今集の詞書によれば京と初瀬の間、詳しくはどことも知れず。 人はいざ小野の小町に年はよれど花ぞ昔の香ににほひける 梅干も花ぞ昔を思ひだし 036 夏のよはまだ宵ながらよくねればげに 鱶 ふか やぶと名をやいふらん 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらん 「深薮」は暗いので、よく眠れるわけです。 また、鼾をかいて寝入っていることを「鱶の寝入り」と言うので、これに引っ掛けて「鱶やぶ」と書いたのかとも。 さかづきを月よりさきにかたぶけてまだ酔ひながらあくる一樽 夏の夜はまだ酔ひながらさめぬるは腹のいづくに酒やどるらん ふかやぶはさすが蚊の出るお歌也 037 かぜのふく秋の野のみかは滝つぼもつらぬきとめぬ玉ぞちりける しら露に風のふきしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける 滝壺なら秋に限らず滴が飛び散っている道理。 水はなに風の吹きしく秋の野はひげにも露の玉ぞ散りける 鬼は外福は内へといり豆はつらぬきとめぬ玉ぞちりける 038 わすらるる身をば思はず誓ひてし人のいのちのせはばかりする 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな 世話女房のふと我が身を顧みた感慨でしょう。 恐るべき事は野夫医 やぶい に身を任す人の命の惜しくもあるかな 人の命惜しくはないかふぐと汁 039 徳利はよこにこけしに豆腐汁あまりてなどかさけのこひしき 浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき 豆腐汁を肴に酒を飲んでいたが、徳利は空になって横倒し。 肴はまだ余っているので酒が恋しい、と言うのでしょう。 約束の連れもはづれて弁当のあまりてなどか人の恋しき 竹の子のあまりてなどか人の庭 注:隣の庭にまで生え広がった竹の子を惜しむ。 大江丸の句。 040 とどむれどよそに出にけりこむすこはうちにゐるかと人のとふまで 忍ぶれど色に出にけり我が恋は物や思ふと人のとふまで 「こむすこ」は年若い息子。 遊廓通いを覚えたばかりで、家に居着かなくなってしまったのでしょう。 わが恋は袖やたもとをおしあてて忍ぶとすれど腹に出にけり 注:できちゃった。 物や思ふと人の見る虫歯病み 忍ぶれど色に出にけりぬすみ酒 041 めせといふわか菜の声は立ちにけり人しれずこそ春になりしか 恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか 「めせ」は「召し上がれ」。 「わか菜の声」は、正月の七草粥に入れるための若菜を売る行商人の呼び声です。 恋しさに忍びてまがき立ちまよひ君知れず土手を帰る裏道 初恋の歌から忠見病み始め 注:歌合での負けを苦に病死したとの伝がある。 042 清はらの元輔といふ御名にてお歌は末の松山といふ 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪こさじとは 「もと」と「すゑ」は反意語。 千切れたる鴎の羽の萎れつつ末の松山浪こさじとは ちぎりきなかたみに渋き柿二つ 注:「千切り」きな「堅実」に…。 大江丸作。 歌がるた片手に袖をしぼりつつ 043 又してもじじとばばとのくりことにむかしは物をおもはざりけり あひみての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり 恋にまつわる情趣深い下句を、老いの繰り言にしてしまいました。 あぢみての後の心にくらぶれば昔よかりしみめは物かは 吉良れての後の心にくらぶれば昔の疵は痛まざりけり 注:討ち取られた上野介の感慨。 昔は物を思はせた乞食婆 注:晩年零落したという小野小町伝説。 044 すく人の絶えてしなくば真桑瓜皮をもみをもかぶらざらまし 逢ふことのたえてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし 「真桑瓜」はメロンに似た果物。 「かぶる」は「かぶりつく」。 畑を鋤いて育ててくれる人がいなければ、こんな風に皮ごとかぶりつくなんてこともできない、と当り前の道理ですが、「すく」と「くわ(鍬)」、「皮」と「かぶる」が縁語になっているのが味噌。 月花の絶えてしなくばなかなかに雲をも風もうらみざらまし 河豚汁の堪忍ならぬ味はひは人をも身をも恨みざらまし 逢ふことのたえて久しき座敷牢 045 初がつほくふべき客は不参にてみのいたづらになりぬべき哉 あはれとも言ふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな 食い物ネタが続きます。 初鰹は江戸っ子が特別拘った旬の好物。 あまれども食ふべき物は惜しまれて身のいやしきにくやみべきかな 046 由良のとを渡る舟人菓子をたべお茶のかはりに塩水をのむ 由良のとをわたる舟人かぢをたえゆくへも知らぬ恋のみちかな 付ける蛇足も無し。 由良の戸を渡る三庄大夫よりからき目を見る安寿不便や 注:山椒大夫伝説。 不便は不憫に同じ。 裏の戸をたたく待ち人門たがへゆくへも知らぬ恋の道かな 曾丹集行方も知れず貸しなくし 047 八重むぐら茂れる宿のさびしさに恵慶法師のあくび百ぺん やへむぐら茂れる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり 欠伸の出るような狂歌です。 八重生りの汁粉はあまり甘すぎて人こそ知らねあきは来にけり 八重むぐらしげれる宿の無法者 048 花みんともちしささへをぶちおとしくだけてものをおもふころ哉 風を痛み岩うつ波の己れのみ砕けて物を思ふころかな 「ささへ」は酒を入れる竹筒。 胸はいたみ袖はいけだとなりにけりまたあふ事も涙もろはく おのれのみくだけと思ふ焼継屋 注:焼継屋は割れた焼物を継ぎ合わせるのが商売。 049 御かき守衛士のこく屁によし宣が鼻かかへつつものをこそ思へ みかき守ゑじのたく火の夜はもえてひるは消えつつものをこそおもへ ネタが尽きるとすぐこれです。 昼はうとうと眠つてゐる衛士と嫁 非番日はやたら寒がる御垣守 050 めいていにすするこのわた味よくてながくもがなとおもひけるかな 君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひぬるかな 「めいてい」は酩酊、「このわた」は海鼠 なまこ の腸の塩漬け。 珍味として酒飲みに好まれます。 恋路には惜しからざりし命さへ長くもがなと地黄をぞのむ 君がため惜しからざりし指の先 注:誠心を示すため小指の先を切った女。 君がため永くもがなと弓削たもち 注:弓削は道鏡。 051 かくとだにえやはいぶきのさしも草なくば灸治はほくちなるらん かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃る思ひを 「ほくち 火口 」は火打石で起こした火をうつすもの。 イチビの殻幹を焼いた物などを用いたと言います。 お灸も熱いが、火口を直接あてられてはたまりません。 もぐさの発明に感謝、ということで。 かくとだにしのぶ思ひを人しらみこぼるるものは涙なりけり きくとこそ医者はいぶきのさしも草さしも知らじなあつい思ひを 052 明けぬればくるる物とは御存じの道信どのも朝ね四ツ時 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな 「四ツ時」は午前十時頃。 生まれては死ぬるものとは知りながらなほ恨めしき我が心かな 負けぬれば売れるものとは知りながらなを恐ろしき掛値なるかな 053 酔ひつぶれひとりぬるよのあくるまはばかに久しきものとかはしる なげきつつひとりぬる夜の明くる間はいかに久しきものとかはしる 路上で酔いつぶれ、起きられぬまま夜を明かした。 花火をば貰うて日暮れ待つ子供いかに久しきものとかは知る 贔屓する役者の幕の明くる間はいかに久しきものとかは知る 054 よみ歌のうへならばこそいふだあろけふを限りの命なれとは 忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな 言葉の上だけで、本気ではあるまいと見くびっています。 「いふだあろ」は非常にくだけた口語。 忘りやるな行く末まではかたけれど命かぎりに金をかぎりに 055 滝の音は絶えて久しくなりぬるといふはいかなるかんばつのとし 滝の音はたえて久しく成りぬれど名こそ流れて尚聞えけれ 本歌の作者は「三船の才」を謳われた公任。 狂歌師も負けずに才気旱魃です。 琴の音は絶えてさみしく聞こゆれば歌ぞひかれてなほ聞こえけれ 056 あらざらん未来のためのくりことに今一たびの逢ふこともがな あらざらむこの世の外の思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな 本歌に対する応答か。 「あの世での思い出に、一目だけでも」と縋る女の切ない願いを「あらざらん未来のためのくりこと」といなしつつ、では一度だけ逢おうと応じています。 あられなき子もちの外のおもひでに今ひと度の風流もがな あらざらん此の世の外の嫁いびり 057 名ばかりは五十四帖にあらはせる雲がくれにし夜はの月かな めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな 『源氏物語』で光源氏の死を描くべかりし巻「雲隠」はその名だけ伝わり、本文は伝わりません。 「あらはれ」「かくれ」は月の縁語。 めぐりあひて見ぬ顔したり年の暮 注:借金があったのだろう。 見しやそれともわかぬ間に嫁隠れ 清少は早起き紫女は宵つぱり 058 有りあひのたなのささをば呑むときはゆでさや豆をさかなとぞする 有馬山ゐなのささ原風ふけばいでそよ人を忘れやはする 「ささ」は酒の隠語。 老いぬれば子供にかへる物ぞとていでそよ人を忘れやはする 両脇に月の出て来る有馬山 059 赤染がゐねふりをしておつむりもかたぶくまでの月をみし哉 やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな 「つむり」は頭。 良妻賢母の閨秀歌人赤染衛門を何とも可愛らしく描いたものです。 下戸ならば寝なましものを酒樽のかたぶくまでの月ぞさびしき 060 大江山いく野の道のとをければ 酒呑童子 しゆてんどうじ のいびき聞えず 大江山生野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立 酒呑童子は大江山に住んでいた鬼(鬼に変装していた山賊とも)。 源頼光らが酒を飲ませ、大鼾をかいて寝入ったところを退治したとの伝説があります。 橋立へ駕籠でいくのの上つかた景はご覧じ地はふみもみず 大江山鬼も和らぐ名歌なり わる口の袖をひかへて大江山 まだ文も見ずと小娘やつてのけ 小式部は地理を巧者に口答へ 061 いにしへのならのみやこの八重桜さくらさくらとうたはれにけり いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな 能天気のような、投げやりのような。 薫物は奈良のみやげの八重一重けふ爰許 ここもと に匂ひぬるかな 注:八重一重は薫物の銘柄。 大和の桜山城で伊勢はよみ 奈良桜一重余計に匂ふ也 062 夜をこめて鳥のまねしはまづよしにせい少納言よくしつてゐる 夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ 知識をひけらかす性向のある清少納言を「さすが、よく御存知だ」と讃めてからかったのです。 「よしにせい」の「せい」に「清」を掛けています。 身をほめていふ空言 そらごと にはかるとも世にあるさかし人はゆるさじ 夜をこめて年の関こす忙しさ 063 今はただ思ひ絶えなんとばかりを人伝ならでどをぞいひたい 今はただ思ひ絶えなんとばかりを人づてならで言ふよしもがな 今はただ「手抜きも程々に」と申したい。 今はただ金は絶えけりはかなさよことづけならでゐるよしもがな 注:遊廓で金を使い果たした客。 歌かるた人伝てならで下女取れず 064 朝ぼらけう治の河辺に定よりがめをこすりつつせぜのあじろ木 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木 31坂上是則の二番煎じ。 両国の花火一刻千金のあらはれ渡る瀬々の網代木 朝ぼらけたつ川霧は面白や宇治十帖を見るがごとくに 065 うらみ侘びほさぬ袖だにあるものを此の四五日は雨の日ぐらし 恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋にくちなん名こそ惜しけれ 洗濯物が干せずに雨を恨む歌になってしまいました。 うらみわび取らぬ人だにあるものを欲にくちなん名こそ惜しけれ 糞 こい に朽ちなむ酒樽や油だる 注:肥桶にされてしまった酒樽・油樽。 二三日間がありや相模うらみわび 注:相模出身の下女は好色と見なされていた。 066 眼と口と耳と眉毛のなかりせばはなより外にしる人もなし もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし なかなかシュールな悪ふざけです。 もろともにあはれと思へお月さま国のなじみはお前ばかりぢや 行尊の咄相手は山桜 花物言はず行尊はひとりごと 067 春のよの夢ばかりなるうたた寝にねちがひしたるくびぞいたけれ 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ そうですか。 春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状 注:もとよりこれは江戸狂歌にあらず、現代歌人塚本邦雄氏の名作。 およしよといはず小声で春の夜の 注:江戸の町娘なら無風流に「およしよ」と言うところ。 夢ばかりなる手枕に下女孕み 068 友もなく酒をもなしにながめなばいやになるべき夜はの月かな 心にもあらでこの世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな そうですか。 若後家になりて浮世にながらへば淋しかるべき夜半の月かな 芸よくもあらで舞台にながらへば恋しかるべき客の金かな 心にもあらでおや良く来なんした 069 あらし吹く三室の山の紅葉ばはたつた今のまにちりうせにけり あらし吹く三室の山の紅葉ばは立田の川の錦なりけり そうですか。 湯豆腐に紅葉卸しを掻き混ぜて龍田の川の錦なりけり 注:紅葉おろしを別名龍田おろしと言う。 070 さびしさに宿を立ち出てながめたり煙草呑んだり茶をせんじたり さびしさに宿をたち出でてながむればいづくもおなじ秋の夕暮 けっこう忙しそうです。 さびしさよ秋の夕めしたく頃はいづこも同じすりばちの音 さびしさに書物とり出でて詠むれば昔も同じ秋の夕暮 071 夕されば門田のいなば音づれて権兵衛内なら一合やろうか 夕されば門田の稲葉おとづれて葦のまろやに秋風ぞふく 「権兵衛が種まけば烏がほじくる」。 すなわちこの権兵衛は種を烏にほじくられた可哀想な権兵衛さんです。 すなわち「一合やろうか」は酒にあらず種籾のことを言っています。 夕ざれば門の破れ戸おとづれてあただ丸寝に秋かぜぞひく 芦のまろ屋に吉原の夢 072 赤飯をいざやくばらん鳥のふんかけしや袖のぬれもこそすれ 音にきく高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ 鳥の糞をかけられるのは幸運の前兆という俗信があったらしい。 目出度いことだから赤飯を配ろうというのです。 音に聞く舞台の上の化 あだ ごとと思へど目もと濡れもこそすれ 073 高砂の尾上のさくら咲きにけりここからなりとみつつのまばや 高砂の尾上のさくら咲きにけりとやまの霞たたずもあらなん 不精な酒飲み。 越中の返魂丹を売りに出てとやまの霞立たずもあらなん 074 とし頼はさむさも強し山おろしはげしかれとはいのらぬものを うかりける人を初瀬の山おろしはげしかれとは祈らぬものを 俊頼に「年寄」を掛けた。 「さむさも強し」は、「年寄の身には寒さがこたえる」ということ。 このくれはいつのとしよりうかりけるふる借銭の山おろしして うかれける人や初瀬の山桜 注:初瀬は桜の名所でもある。 芭蕉初期の句。 うかりける人と烈しく姑とり 注:正月の歌留多取り風景。 嫁にとって姑は「うかりける人」。 075 ふるがけをとりしばかりをいのちにてあはれことしのあきなひもなし 契りおきしさせもが露を命にて哀れ今年の秋もいぬめり 「ふるがけ 古懸 」とは、古くから貸してあった売り掛け代金のこと。 ねぎり置きしさしもの質を命にてあはれことしのきはもすぐめり 076 法性寺入道さきの関白を半分ほどでおきつしら波 和田の原こぎ出でてみれば久方の雲井にまがふ沖つ白波 長い名を半分ほど読んでやめてしまった短気な江戸っ子。 「置き」「沖」が掛詞。 下の句をぬすみし哥もありそ海雲ゐにまがふ沖津白浪 其の御名の長さ雲ゐにまがふほど 賤ヶ家も雲井にまがふ雛祭り 注:庶民の家もお雛様を飾れば雲の上 内裏 のよう。 077 焼つぎにやりなばよしやこの徳利われても末にあはんとぞ思ふ 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 「焼つぎ」は割れた陶器を釉 うわぐすり で焼き付けて接合すること。 春の旅紀の路大和路みちづれのわれても末にあはんとぞおもふ くだけても割れても定家百へ入れ 注:「くだけ」たのは48源重之。 078 淡路島かよふ千鳥のなくこゑに又ね酒のむすまの関もり 淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬ須磨の関守 酒飲みにしないと気が済まないらしい。 淡路かた通ふ上戸の千鳥足幾夜寝酒を過ごしきぬらん 079 顕輔がうつつぬかして雲まよりもれいづる月の影に仰むく 秋風に棚引く雲のたえまよりもれいづる月の影のさやけさ 「うつつぬかす」は夢中になる意。 月しろに雲のくろ石うちはれて空一めんの盤のさやけさ たなびく雲のたえまより久米どさり 注:久米仙人が空から落ちてきた。 080 二宵にすはんと思ふ地玉子のみだれてけさはものをこそおもへ 長からん心もしらず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ 「二宵」は二日酔い。 「地玉子」は産み立ての卵。 新枕心もしらず黒髪のみだれて今朝は物も言はれず 明日咲くと思ふ朝顔夜嵐に乱れて今朝は物をこそ思へ 乱れて今朝は御機嫌と御ぐしあげ 081 郭公なきつるあとにあきれたる後徳大寺の在明のかほ ほととぎす鳴きつる方を眺むれば唯有明の月ぞのこれる 蜀山人の代表作として名高い一首。 「後徳大寺」の重々しい家名が絶妙の効果を上げています。 替玉に月をして行くほととぎす 耳に声目に月ばかり置いてゆき 082 おもひ侘びさても命はあるものをうきに絶えぬはなんだべらぼう おもひ侘びさても命はあるものをうきにたへぬは涙なりけり くねくねと婉曲な言い方に、ブチ切れた江戸っ子。 嬉しいにつけ悲しいにつけ泣き上戸憂きにたへぬは涙なりけり 083 鞠の皮筆毛の用にとりつくし山の奥にも鹿ぞなくなる 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞなくなる 鹿のなめし皮は蹴鞠に用いられ、同じく胸毛や尾毛は筆の材料として珍重されます。 「鳴くなる」を「無くなる」にすり替えたのは、蜀山の名作パロディ「ひとつ取りふたつ取りては焼いて食ふ鶉なくなる深草の里」の二番煎じ。 世の中よ餅こそよけれ思ひ入る山の奥にも茶屋ぞあるなる 二つよい事こそなけれ思ひ入る山の奥には花のおそさよ 084 あともどりする世の中もあれかしなうしとみしよぞ今はこひしき ながらへばまたこのごろやしのばれんうしと見し世ぞ今は恋しき ですよねえ。 手切金 てぎりかね 取りて別れし女房の憂しと見し世ぞ今は恋しき すつぱりと思ひ切つたる黒髪のうしと見し世ぞ今は恋しき 存命 ながら へばまた信長や忍ばれん憂しと三好ぞ今は恋しき ながらへば又この頃は鰒をくふ うしと見し勤めもうもういやになり 注:「うし」と「もうもう」は縁語。 085 夜もすがら物思ふ頃は明けやらであらうものなら世界くらやみ 夜もすがら物思ふころは明けやらで閨の隙さへつれなかりけり ですよねえ。 傾城にふられ煙草の火は消えて閨のひまさへつれなかりけり 物思ふころや隣の餅の音 086 何ゆへか西行ほどの強勇が月の影にてしほしほとなく 歎けとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな 西行は若き日、北面の武士でした。 あきれつつ月夜に釜をぬかれたるたはけ面なるわが所帯かな かこち顔見かねて定家集に入れ 087 むらさめの道のわるさの下駄のはにはら立ちのぼる秋の夕ぐれ むらさめの露もまだひぬ槙の葉に霧たちのぼる秋の夕暮 腹を立てたら霧がない。 村雨の露もまだひぬぎぼうしに霧立ちのぼる橋つめの秋 注:ぎぼうし 擬宝珠 は、欄干の柱頭の飾り。 088 なには江の芦のかりねの一夜たび皇嘉門院別当御持参 難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき 別当に弁当を掛けた駄洒落。 なには江の芦のかり寝の一夜妻みをつくすこそなんのあだ浪 089 玉の緒よ絶えなば絶えねなどといひ今といつたら 先 まづ おことわり 玉の緒よ絶えなば絶えね永らへば忍ぶることの弱りもぞする 人間心理の痛い所を突いていますが、54儀同三司母の二番煎じです。 玉の緒よたえなばたえね鰒が好き 090 あと先の紀伊も讃岐も袖ぬれて殷富門院矢張同断 見せばやな雄島のあまの袖だにもぬれにぞぬれし色はかはらず 紀伊は72祐子内親王家紀伊、讃岐は92二条院讃岐。 ついでに65相模も袖を濡らしています。 夕立のはれてしぼりのその浴衣ぬれにぞぬれし色はかはらず ぬれにぞぬれて頼まんしよ頼まんしよ 注:太田道灌が田舎娘に蓑を借りた故事。 091 蛬 きりぎりす なくやしも夜のさむしろに後京極どのねたり起きたり きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝ん 寝ぼけてませんか? しづの女はなくや霜夜のさむしろに機織虫と身を恨みつつ 092 わが袖は塩みづふきしおきの石の人こそしらねかはくまもなし 我が袖は潮干にみえぬ沖の石の人こそしらねかわく間もなし 「潮干にみえぬ」を「塩みづ 海水・涙 ふきし」に言い換えただけです。 人こそ知らね頼政が娘也 人こそ知らねかわく間も嫁はなし 狂言と思ひながらも沖の石 093 波かぜの常にかはれば渚こぐあまの小舟の船人かなしも 世の中はつねにもがもな渚こぐあまの小舟の綱手かなしも 風もまた無常で、舟人の渡世も辛いことです。 しのばずはすぽんも鴨な雁 がん ぞなくあまた子供のつくでかなしも 094 衣うつ音にびつくりめをさましところで一首つづる雅経 みよし野の山の秋風さよ更けて故郷さむくころもうつなり 雅経は蹴鞠で名高い家の出でしたが、後鳥羽院に寵愛され新古今集の撰者にまでなり、飛鳥井家を歌の家としても押し上げた人。 その歌道執心ぶりを皮肉っています。 奉公に子供を出して親心故郷寒く衣うつなり お妾のふる里寒くねだるなり 095 この広い浮世の民におほふとはいかい大きな墨染の袖 おほけなく浮世の民におほふかな我が立つ杣に墨染の袖 比喩をわざと文字通りに受け取って、揚げ足取りの得意技です。 おぼえなく浮く世の席にあそぶかな我が飲む酒にしみぞめの袖 096 花さそふあらしの庭の雪ならで 降行 ふりゆく ものはうしの金玉 花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり 本歌における上句から下句への転換の妙味を、巧みに笑いに活かしています。 下ネタながら陽気なのが良いですね。 ぬば玉の黒髪山もしら雪とふりゆくものはわが身なりけり 097 定家どのさてもき長くこぬ人としりてまつほの浦の夕ぐれ 来ぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくや藻しほの身もこがれつつ 本歌で「来ぬ人を」と言っているのを文字通り取って、さても気長なことよと冷やかしています。 釣舟で酒の肴にまづ鰈 かれい やくや藻塩の身もこがれつつ 098 風そよぐならの小川のゆふぐれに薄着をしたる家隆くツしやみ 風そよぐ楢の小川の夕暮は御秡ぞ夏のしるしなりける これも歌人を道化役として歌の中に登場させた戯画。 もう秋た? まあまあ、残すは二首ばかりです。 みめぐりに早苗とりゐの乙女子が笠着ぞ夏のしるしなりける 風そよぐ奈良の土産は団扇也 099 後鳥羽どのことばつづきのおもしろく世を思ふゆへにものおもふみは 人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は 「後鳥羽」を「ことば」に引っ掛ける。 さんざん大歌人をからかい続けた蜀山先生ですが、さすがに後鳥羽院を茶化し申し上げることはしませんでした。 食ふもうし食はぬもつらし居候 ひるもうしひらぬもつらし嫁すかし 人も惜し人も恨めし酉の町 注:酉の市で賑わう歳末の町。 人もをしとは亀菊が事と見え 注:亀菊は後鳥羽院の寵妃。 もと白拍子。 上の句は亀菊と義時がこと 100 百色の御歌のとんとおしまいにももしきやとは妙に出あつた 百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり 「妙に出あつた」は、妙な程うまく語呂が合ったとの意。 目出度し目出度し。 ももしきや古き哥人しのぶには猶あまりある小倉色紙ぞ 古き軒刈穂の庵の百軒目 和歌でさへ古き軒端は宿はづれ 智で始め徳でおさめる小倉山 注:天智の「智」、順徳の「徳」。 百の字があるでしまいのお歌也 つぎへ 最終更新日:平成17年3月29日.

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古今和歌集 仮名序

むべ 山風 を あらし といふ らん

だから、なるほど。 草木をあらす山から吹く風を「嵐」というんだなぁ。 言葉あそびの和歌です。 「山」と「風」という漢字を足すと「嵐」という字になりますね。 「あらし」は「荒らし」の意味で、その言葉に「嵐」という字を当てたのですが、それを上手に詠み込んでいます。 和歌は、このような機知を楽しむツールとしても親しまれたのですね。 文屋康秀は、いまから1100年ほど前のあまり地位の高くなかった官僚です。 第9番の歌人である小野小町(おののこまち)と交流があったことがわかっています。 和歌を詠むのが上手で、第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人『六歌仙』のひとりにも選ばれています。 旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。

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むべ山風を推理する [小倉百人一首あ・ら・かるた] 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】

むべ 山風 を あらし といふ らん

文屋康秀 ふんやのやすひで 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ ふくからに あきのくさきの しおるれば むべやまかぜを あらしというらん 意訳 秋の山風が吹くと、草木がしおれてしまう。 なるほど、山風と書いて、嵐というね。 歌の種類 秋 『古今和歌集 秋歌下249』 決まり字 ふくからに あきのくさきの しおるれば むべやまかぜを あらしというらん 語呂合わせ 踏むべ(ふむべ) 人物 文屋康秀(? -885年? ) 子は。 六歌仙の一人。 中古三十六歌仙の一人。 この歌は文屋康秀の歌ではありません この歌は他本では、子のの歌としており、それが定説です。 しかし、定家は『古今和歌集』に従い、康秀の歌として掲載しています。 小野小町の答えはYes? 文屋康秀は、三河国(愛知県東部)の国司に任じられた時、に同行しないかと誘っています。 その返事です。 わびぬれば身をうき草の根をたえて 誘う水あらば去なむとぞ思 (根の切れた浮き草のような、わび暮らしをしております。 誘ってくれるのであれば、その水の流れに沿って都を去ろうと思います) 日本全国各地に、さまざまな伝説が残るです。 本当の終焉の地に、文屋康秀が共にいたのかどうかは、分かりません。 読み上げ.

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