産後うつ体験談。 産後の育児が辛い理由|孤独で辛い産後の育児から抜け出すには

うつ病の体験談【産後うつの体験談】│うつ病専門屋

産後うつ体験談

出産後、頑固者の私は、里帰りもせずに義理の母に来てもらい産後の面倒を見てもらうことにしました。 1ヶ月だけいてもらい、あとは自分の力で子育てをしていきたいとも考えていました。 義理の母、そして自分の母ともに遠くに住んでおり、近所に頼れる存在は無し。 それでも甘えるのを断固拒否していた私。 それが悲劇のはじまりだったのかなと思います。 そもそも私は、産後2時間ごとに起きて授乳をする生活が来るとは知らずに出産をしました。 そのせいか、産後すぐに体調に変化が…。 まず、すごくイライラする。 出産してすぐのせいかものすごく気が立っており、夫の顔すら見たくない、入院最終日には別れたいと言う始末。 お見舞いに来られても寝たいから早く帰ってほしい気持ちでいっぱい。 入院中の病室の人とも極力話をしたくない!と内向きで真っ暗な気持ちになっていました。 そして泣きわめく生まれたてのわが子を可愛いと思えない時もありました。 産後の1ヶ月は本当に最悪。 私の機嫌は毎日悪く、退院後は部屋にこもり子どもと一緒に必死に寝るだけ。 義理の母に来てもらっているのに会話をするのも嫌だと避けてしまい、子どもを触られるのも嫌だと思ってしまう日々。 1ヶ月もしないうちに「帰ってほしいと伝えて」と夫に言ってもらいました。 そんな最低な私にも、優しい義理の母。 「無理しないで頼るのよ」とギュッと抱きしめてくれたときは涙があふれました。 本当にごめんなさいという気持ちが一瞬湧き出たのに、急に冷めてしまう自分もいました。 夫が仕事中は子どもと2人きり。 誰とも会話をしない日々に絶望感を味わったり、仕事人間だった自分は育児休暇を取ったことで、仕事のスキルが落ちるのではないかと不安にかられたり。 そして、帰宅した夫が子どもに関心なさそうだと突然怒り狂って部屋にこもる。 子どもを抱っこしている時も夫に「別れたい!」とわめき散らし、胸の中で眠る我が子がかわいそうだと思っても、攻撃的な発言をやめられませんでした。 とにかく毎日酷くイライラ。 目もどんどん攻撃的になり、人相が変わってしまいました。 最終的には家族全員を巻き込んで「離婚する!」と大喧嘩。 子どもは自分で育てる!と周りのことも考えず言ってばかりで、もう誰にも止められない状態になっていました。 今思えば、これが「産後うつ」状態だったと思います。 この時は病院にも行かず、区役所の人に相談するだけでしたが、本当に毎日の行動がおかしかったと思います。 そして自分が「産後うつ」だと言っても、周りに「あんたのはうつじゃない」と言われ助けてもらえなかったのも、悪化原因の一つかもしれません。 それでも家族を全員巻き込んだことで冷静になり、夫とも仲直り。 義理の両親にも謝罪をして、なんとか子どもも1歳まで成長していきました。 年末、初めての動悸を発症。 正月の間は何度も何度も発作が起きて夜眠るのが怖くなり、ガタガタ震えてしまったり、出かけることも怖くなり、食べる気力すらなくなり…どんどん痩せてしまいました。 正月明けにやっと行けた精神科では特に診断結果を告げられず、発作を抑える薬を飲むようになりました。 しかし半年通い続けても何も回復している感じがせず、毎日気分はうつ状態。 職場でも目標を抱えさせられて「育児しているからって、他のメンバーと評価は同様だ」と言われ、時短勤務の時間内でも良いパフォーマンスをしようと必死に仕事をしました。 そのうち仕事も頑張りすぎて辛くなり、それを医師に相談すると「会社辞めろ」などと強く酷い言葉を浴びてしまい、とうとうその日から吐き気とめまいが襲ってきて立つことも出来なくなりました。 その日以来、会社を休職することになりました。 原因は、医師の強い言葉のせいもあると思いますが、自分の身体の限界がやってきて強制的に自分自身に倒された感じがしました。 そして転院をしてセカンドオピニオンに「パニック障害」と診断してもらい、ここでやっと、治すために必要な薬を飲めるようになりました。 「パニック障害」と診断されるまでの半年間、なぜ疑問を感じつつも同じ病院に通ってしまったのかと後悔しています。 セカンドオピニオンとして行った病院で「産後うつ」「パニック障害」と診断してもらえて、今までの自分の身体に起きたことがすべて納得できました。 もし少しでも診断に疑問を持っているのなら、正確に判断してもらえそうな病院に行っておくべきでしょう。 病院選びは患者の自由です!気にせず自分に合った医師に変えて良いと思います。 (自分はその勇気がありませんでした…反省です。 ) そして、パニック障害になってしまった要因を、自分のまわりから無くすことが大事です。 私も、なぜこんなことになってしまったのか、冷静に見つめ直しました。 私の場合、 ・育児の間も仕事のスキルを上げないと!と必死になっていた ・夫は頼りにならない!と決めつけて頼らずイライラ ・通勤距離と自宅から保育園までの距離が遠く負担に ・両親が近くにいないので、責任が重圧になっていた ・身体が本調子でない状態での自宅購入と引越 これだけ自ら負担をかけていたことがわかりました。 昔から「頑張り屋さんだね」「頑張りすぎないで」と言われてきた私。 なるほど、これは頑張りすぎているわ…と倒れてから気づきました。 解決策として私がはじめたことは、とりあえずスキルアップは置いておいて、今はとにかく休職して身体の回復に専念。 そして夫に頼る、自宅から近い保育園を探す、頼れる人をご近所で探すなどからはじめました。

次の

体験者が語る!【産後うつ完全ガイド】

産後うつ体験談

人に慣れさせようと育児サークルや子育てサロンにいってもずっと泣いている状態。。 親せきや初めて会う人にまで• 「大事に育てすぎ」• 「もっと人と触れ合わせなきゃ!」• 「愛情が足りないからこんなに泣くんじゃない?」• 「こんなに泣く子初めて見た。 ひどいね!」 などとかなり辛い嫌味を言われたり遠巻きにひそひそ言われたりしていました。 なぜ自分だけがこんな辛い思いをしなきゃいけないんだと思っても理由が長女の性格なのだから長女を責めるわけにもいかず 「長女がこんな風になったのはやっぱり自分の接し方・育て方がわるいんだ・・」 と自分を常に責める日々。 本当に辛い時期でした。 どうしていいかわからない辛い日々• 産後の辛さをなかなか理解してくれない主人• 長女の激しい人見知り• 無理する自分の性格 などいろんなことに追い詰められた私は札幌に戻ってきてからずっと精神が安定しませんでした。 長女のためにも頑張ろう!と思える日もあればひどく無気力で家事が全くできない日が1週間以上続いたりと、とてもアップダウンの激しい日々を送っていました。 さらに辛さや大変さをなかなか理解してくれない旦那への怒りが1カ月に一度くらい溜まりにたまって大爆発するということも繰り返していました。 実家の母が手伝いに来てくれたり、心療内科にも行ったりしたのですが、母が帰ればまた元通り・心療内科もただ薬を処方されるだけで話を聞いてはもらえず、その薬もあまり効かず状態がよくなることはありませんでした。 外に出てやっと誰かに頼ってもいいと思えた 長女が1歳半を過ぎたころ、意を決して週に1~2回ですがフリーランスの方の下請けのような形で外に働きにでました。 働いている間は長女は認可外の保育園で一時保育で預かってもらっていました。 最初はなかなか長女が泣かずに過ごせる保育園が見つからず申し訳なさでいっぱいでしたが、運よく3つ目の保育園が先生方や園の雰囲気も明るく温かく長女も泣かずに笑顔で過ごせるようになりました。 預ける時・お迎えに行った時に私から離れても泣かずに先生やお友達と過ごす長女の姿はとても頼もしく見えました。

次の

もしかして子育てうつ?産後や子育て中のうつを乗り切る方法と体験談

産後うつ体験談

何かあるたび、いえ、何もないのに突然泣き出してしまうこともあり、死にたくなることもありました。 産後うつという言葉は知っていたので、これは産後うつかなと思い、病院に行きました。 案の定、産後うつと言われ、薬を再開することになりました。 しかし、今回のうつはなかなか良くならず、死にたくなって台所で包丁を持ったまま座り込んで泣く、という有り様でした。 主治医に相談したら、慣れない育児で疲れ切っているのでしょう、少し育児から離れて入院しましょうと言われました。 この時は、入院しないと本当に自分が死んでしまうか、子どもを殺してしまいそうなくらい危ないと思ったので、素直にそれに従い、子どもは実家に預け、入院しました。 最初の数日は、病棟内の誰にも会いたくないくらい落ち込んでいましたが、薬もだんだん合ってきて、周りの人たちとも何となく打ち解けてきて、元気になってきました。 だんだん病棟にいるのが暇になり、昼は毎日何らかのレクリエーションに参加していました。 自分の寝床では本を読んだり、文章を書いたりすることもできるようになりました。 それでも主治医は、今までのような生活をすると元に戻ってしまいますよと言います。 今まで、仕事に家事に育児にと忙しすぎたのがあり、心身ともに参ってしまったのだろうと言われました。 確かに、育休もなく産後2ヶ月で仕事に復帰し、頑張りすぎたかもしれません。 退屈なくらいゆっくりして、やる気が出た頃に退院して下さいと言われました。 結局、41日間の長い入院となりました。 でも、仕事も育児もまたやれそう、という思いになったところでの退院でした。 ただ、やる気になったからといって全力出し過ぎないで下さいと釘を刺され、病棟で見送られました。

次の